辛酸なめ子「電車のおじさん」第11回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第11回

駅のホームで思いがけない辱めを受けた玉恵は、
男性のキモさについて考えていました。

 朝からついていないときってありますよね。些細なことですが、朝食に食べたプチトマトが、はじけて中身が出てしまい、白いブラウスに飛び散って、玉恵は朝から取り返しのつかない思いにかられました。寝起きだと、些細なことでも危機感を覚えるのはどうしてなのでしょう。

 混んでいる電車から駅のホームに降り立って2、3歩進んだ瞬間、知らないおじさんに靴のかかとを踏まれて靴が脱げました。そういえば先週も同じようなことがあったっけ……と玉恵は苛立ちとともに思い出しました。そのときのおじさんは何事もなかったように歩き去って腹立たしかったのですが、今度のおじさんは違いました。

「すみません!」と頭を下げると、そのままの姿勢で、玉恵が靴を履き終えるまでじっと見守っていたのです。謝意は十分に伝わりましたが、はたしてそれだけでしょうか。玉恵はフラットなパンプスで、フットカバーをはいていて、それが緩かったので一緒に脱げてしまったのですが、そのおじさんは玉恵の裸足の足をじっと眺めているように見えました。

 慇懃に見えて実はプチ変態なのでしょうか……。こんな辱めがあるとは。プレイは靴を踏むところから始まっていたのです。踏んで軽く睨まれて興奮し、さらに足を見て高揚するという、何重ものプレイなのかもしれません。しかしこんなことを警察に訴えても、ただ足を踏んで丁寧に謝ってくれたおじさん、にしか見えないのでずるいです。まだ、例の電車のおじさんのように、押した押されたでひと悶着があって声を荒らげられる、というほうがわかりやすいです。先ほどの、謝りながらもどこか紅潮していたおじさんを思い出し、玉恵は軽く身震いしました。

 玉恵のようにプラトニックラブが好きな若い女性がいる反面、世のおじさんたちは妄想力が発展してプチ変態化していくのかもしれません。玉恵が怖いもの見たさでたまにチェックしているのは、不審者情報のサイト。毎日毎日、女性や子どもに声をかける不審者の台詞が集められています。一ヶ月でも膨大な量になるくらい。「公衆電話ボックスに一緒に入ってほしい」と帰宅途中の女性に声をかけた男性、「千円でくしゃみをしてほしい」と男子生徒に声をかけた事案、「コンタクトを落とした。あなたの靴の中に入ったかもしれない。靴を脱いでください」と女子生徒に声をかけた男性は、玉恵の先ほどのシチュエーションと似ているようです。玉恵はつい、「靴を脱がせる 変態」で検索。すると「靴屋の店員ですが、夏の女性客の接客が楽しみでたまらない」という投稿文が目に入り、それ以上読めずに閉じました。日本は変態ガラパゴス大国なのでしょうか……?

 最近も、ゴム長靴を大量に盗んでいた50代の男性が逮捕された、というニュースが報じられたばかりでした。271足もの長靴が押収され、その容疑者は「働く大人が履いた長靴の臭いがかぎたくて盗んだ」と供述しているそうでした。働く作業員へのリスペクト……? そんな歪んだ尊敬などいらないです。臭いがなくなったら捨てたそうです。ルームディフューザーが使い古しの長靴とは……。テレビで顔が一瞬出ていましたが、一見顔立ちが整っていても醸し出すキモさは隠せません。

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辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第75回
◇長編小説◇飯嶋和一「北斗の星紋」第11回 後編