辛酸なめ子「電車のおじさん」第12回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第12回
外山先輩とタピオカ店に立ち寄った玉恵。
タピオカドリンクを飲んでしばらくすると、
玉恵は胸の奥が脈打ちだすのを感じました……。

「鉄観音ウーロン白桃ミルクティーで、Sサイズ、氷なし、タピオカはふつうの量でお願いします」

 レジでよどみなくタピオカミルクティーを注文する玉恵。外山先輩は「じゃあここは僕が」と、すっとレジの前に入りました。「ごちそうさまです。外山先輩はいいんですか?」「タピオカミルクティーって女子向けっていうイメージがあるから。今、パッと注文してる姿を見て、若いなって思ったよ。さすが20代」「えー、そんな年とか関係ないですよ~。このフレーバー頼むのはじめてです」

 先ほどギャラリーで外山先輩の上から発言が気になったけれど、ドリンクをおごってくれると良い人だと思えてくる玉恵は、現代のドリンク中心主義に染まっているようです。今は第三次タピオカブームらしく、台湾から進化系の店が次々進出してきています。玉恵は、内心タピオカ店よりも、文房具店や書店が増えてほしいと思っていましたが、やはりお店を目の前にすると誘惑からは逃れられません。女子たちは書を捨てて、片手にタピオカドリンクを持ち歩くようになってしまいました。そして時々、書物よりも物語を生み出すことがあります。

 鉄観音ウーロン白桃ミルクティーを飲んでしばらくすると、玉恵の体調に異変が表れました。

(なんだろう、この動悸……)玉恵は胸の奥で脈打ちだすのを感じました。ドクンドクン、と鼓動の主張が強くなってきて、胸の奥がキュッとします。

(もしかして、これは恋の芽生え的な……?)玉恵はドキッとして、外山先輩のほうを見ました。おごって気が大きくなったのか、余裕のほほえみを浮かべている外山先輩が、ちょっと頼もしく思えてきました。

 ますます強くなる脈動。それと共に冷や汗と下腹部に鋭い痛みが発生……。

「すみません、ちょっとお腹が……失礼します」

 玉恵は駅のトイレに駆け込みました。この胸の不安感は、下痢の前兆現象だったかもしれません。迷走神経反射の症状だと聞いた記憶があります。激しい痛みに耐え、神に祈り、荒波がおさまるのを待つことしかできません。トイレで何度か波をくぐり抜け、玉恵はやっと歩き出せる力が復活してきました。

「お待たせしてすみません……」と急いで出たら、今度は外山先輩が壁にもたれて苦しそうにしているのでハッとしました。換気の悪いところで立ちっぱなしだったからでしょうか。

「ごめん、ちょっとカフェで座って休んでいい?」

 ホームに行こうとしたのを戻って、駅の建物にある適当なカフェに入った二人。そのお店はタピオカドリンクがないからか、比較的空いていました。

「お待たせしてしまいすみませんでした。ずっと立っていたから気分が悪くなられたんですよね」と玉恵がおそるおそる外山先輩を窺うと、

「いや、そういうわけじゃないんだよね」と先輩。

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辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。

思い出の味 ◈ 鈴峯紅也
◇長編小説◇飯嶋和一「北斗の星紋」第12回 後編