辛酸なめ子「電車のおじさん」第13回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第13回

外山先輩を薦めたいのか、遠ざけたいのか、
鈴木先輩の「女心」が読めない玉恵。
会社では、女を敵に回したくないのですが……。

 人生のほころびの予兆の一つは、スマホの保護フィルムがはがれることかもしれない……玉恵はめくれあがったフィルムに目をとめて、不穏なものを感じました。ちょうど通勤電車の中で、ポリエステルのシャツの下に白いTシャツが透けて見えているサラリーマンを見て、内心ダサいと見下していましたが、スマホのシートがはがれかけて、ホコリを吸着しているほうが女としてまずい気がします。家電ショップに行くひまがないので電車内でAmazonで注文。便利な世の中になりましたが、3日前にもこうして電車内でパンプスを購入してしまったことを思い出し、購入履歴のページが怖くて見られません。今、ニュースで老後は1人2000万~3000万円必要だとかいわれています。このままだと貯まる気がしないです。ふと、玉恵の頭をよぎったのは、電車のおじさんのことでした。おじさんは今は定年退職していると思われますが、収入はどうなっているのでしょう。すすけたアパートに入っていく姿を見たことがあるので少し心配です。お寺に一緒にいた、奥さんかもしれない女性と、爪に灯をともすような生活をしているのかもしれません。ただおじさんの服は麻素材だったり、高級な飴を持っていたりして、家賃を節約するかわりに意外と貯め込んでいる、という説もありますが……。結局、私たちの世代よりも年金は多くもらえているだろうから、そこまで心配しなくても良いのかもしれません。

 余計なお世話ながら勝手に人の経済状況を想像しつつ、出社した玉恵。フロアで鈴木先輩と外山先輩が笑顔で何か会話している姿が見えました。そのとき、ちょっと複雑な思いがよぎりました。まだ、ちょっと好意が残っているのでしょうか。鈴木先輩が、視線に若干の優越感を混じえながらこちらを見てきます。

「さっきちょっと話したんだけど、外山先輩が昨日から体調悪そうだったから、おすすめのハーブティーのティーバッグをあげたら喜んでくれた」

「そうですか、さすがヒーリング系にお詳しいですね、鈴木先輩」

 会社では、女を敵に回すと生きづらくなってしまいます。外山先輩のことはさておいて、玉恵は鈴木先輩との関係修復につとめなければ、と思いました。

「先輩がお好きだというファストファッションの、さらに安いバージョンのブランドがあるのを最近知って、結構かわいい服が多いですね。ハマりそうです」

「ふーん」

「さらに安い」をもっと別の言い方にすれば良かったと内心後悔。こんなとき、コミュ力が高い友人の茜のようにそつなくできたらと思います。

「少しでも節約したくて。全然貯金ないから老後が心配で……」

「外山先輩は実家が裕福だから心配なさそうだよね」と、意味深な表情の鈴木先輩。

「小学校から私立なんでしょ、お坊ちゃんだよね」

 外山先輩を薦めたいのか、それとも遠ざけたいのか、女心はわかりません。そうやって良いところを吹聴されると、また先輩のことが気になってきます。

 でも、全ては表沙汰にせず、完全にプラトニック状態をキープすれば問題ありません。ささやかな趣味として……。仕事のモチベーションも上がります。玉恵はタピオカ柄ふうのドットの水玉の文具の企画を課長に提案したら、結構高評価をもらいました。ただ、おじさん世代に良いねと言われた時点で、こういう旬のブームは終焉していく予感も。早すぎたら企画を認めてもらえないし、タイミングが難しいところです。玉恵は「タピオカ 次 ブーム」で検索してみたら、「仙草ゼリー入り台湾茶」「チーズクリームティー」という商品が出てきました。黄色っぽい文具でチーズを表現? ますます文房具にしづらいです……。

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辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。

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