辛酸なめ子「電車のおじさん」第17回

徐々にストーカー化する外山先輩。
玉恵はふと、電車のおじさんを思い出しました。
人間は辛いときのほうがクリエイティビティが発揮されるのでしょうか。玉恵が、ストーカーじみてきた外山先輩への恐怖から発案した「手放しノート」の企画は意外にも上司からの受けが良く、発売できそうな気配です。
「鈴木さんが作って売れ残っている『夢引き寄せノート』とのセット売りもできるかもしれないね」と、柳田課長。
「でもそうしたら、引き寄せていいのか手放していいのか、混乱しません?」
「欲しいものを全部引き寄せてから、いらないものを手放せばいいんだよ」
なぜかドヤ顔で語る課長。
「なんですか、その考え方は……」
「いや、ちょっと前に、資産家に代々伝わる教えについてのセミナーを受けてな。そこで資産家の講師が言っていたことだよ。資産家っていうのはとりあえずチャンスを全部つかんでから、あとでいらないものを捨てていくらしい……。その資産家はインドネシアに何代も続く宝石商の息子で、資産家だけに伝わる人生の真理があるんだって。彼いわく、全てのできごとは、三つの要素によって起こるんだけど、まず物理的原因、二つ目は現在の思考、三つ目は……」
何かに憑かれたように資産家の教えを語り出す柳田課長。彼のスーツはいつもヨレヨレで、教え以前に身だしなみを整えるのが先決だと玉恵は思いました。
「三つ目は無意識の領域で、ここが一番大事なんだけど、ドイツの技術でその無意識に働きかける波動のセラピーがあって……」
話し続ける課長の後ろのほうから何か瘴気のようなものを感じた玉恵。数メートル先、観葉植物のパキラの陰に外山先輩が立ってじっとこちらを見ていました。パキラで隠れて目が一つだけ見えているのが怖いです。玉恵がハッとしたのを見ると、外山先輩はデスクのほうに歩き去っていきました。それからしばらくしてメールが来て「玉恵ちゃんの手放したいものって一体何だろう?」と書かれていたので、さらにぞっとした玉恵。どうすればいいのかわかりません。