辛酸なめ子「電車のおじさん」第21回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第21回
援助交際的なパパ活をする
若い女子の話を耳にした玉恵。
魅力はどこにあるのでしょうか。

 休日の昼下がり、カフェでお茶を飲んでいたら、隣の席で若い男女がスイーツを食べながら、小声で何か話していました。「パパがね……」と女子が声をひそめて話すのが玉恵の耳に入り、なんとなく気になって耳を傾けていたら、どうやら援助交際的なパパ活をしているようで、どうやって整形代をパパからせしめるか男友達に相談していました。年齢的には玉恵より5、6歳若い印象の、チープな質感の服を着ている女子でした。時おり、世の中全てを小馬鹿にしたような高い声で笑う彼女の無敵感が、玉恵に軽い恐怖心を抱かせました。

「もっとかわいくなりたいからお金が必要なの、っていうのはどう? おじさん大喜びで払ってくれるよ」

「それ、いいね」

 おじさんというのは、一般的に若者にバカにされてしまう存在なのでしょうか。玉恵は切なくなりました。

 友人で、かなり年上のおじさんと付き合っていた子がいたのを思い出し、その小林さんにLINEでメッセージを送って、改めて聞いてみました。

「おじさんの魅力って何?」

「哀愁が漂っているところ、何かをあきらめたような感じにも萌える。あと何年生きられるのかな……と想像して切なくなったりするよ」

 小林さんとの交際がおじさんの奥さんにバレて結局別れてしまったようですが、来世は同じくらいの年頃に生まれてまた付き合う約束をしているそうでした。

「嵐の『モンスター』を聴くたび泣ける」

 おじさんの余韻に浸る彼女に、理想の推しおじさんについて聞いてみた玉恵。

「有名人でかっこいい推しおじさんって誰かいる?」

「ロジャー・テイラーかな。QUEENのドラムの」

 玉恵はさっそく画像検索してみました。もともとはブロンドのロングヘアで青い目の、少女漫画に出てきそうな美青年。それが70代になっても目鼻立ちの完璧なバランスを保ちつつ、白くなったヒゲと髪が威厳を漂わせていました。髪は薄くなっておらず、柔らかい光沢で頭部を彩っています。イギリス人は王族でも頭髪が淋しくなっているのに不思議です。ヒゲは白くても頭部は少しブロンドまじりで、それが思考の若さを感じさせます。歯並びも美しく、もとは歯科医を目指していたくらいなので、歯のケアを怠っていないのでしょう。驚いたのはデコしわがほとんどないことです。口のまわりのヒゲはほうれい線をカバーするのに役立っていそうでした。とにかくこの世にこんなイケおじさんが存在するとは。玉恵はロジャーに心が動きかけ、推しおじさんは何人いてもいいんだ、と思い直しました。ロジャーは今まで3人の美女と結婚したり交際し、今の金髪彼女はかなり年下のようでした。若いエネルギーを吸収しているのもアンチエイジングの秘けつなのでしょう。ドラムを演奏することで血の巡りも良さそうです。

「ロジャー、想像以上にかっこいい! 顔整いすぎ」と小林さんに送ると、

「でしょ? あごヒゲをモフモフしたい」

 という答えが返ってきました。

 ロジャーの男の美学が感じられるインスタグラムを眺め、溜息をつきながら電車に乗ったら、今度はイケてないおじさんと遭遇。おじさんの冷水を浴びせられたようです。そのおじさんは半分酔っているのか、よどんだ目でだらしなく座席に座り、靴を脱いで靴下を見せていて、玉恵は思わず眉をひそめました。



辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。

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