辛酸なめ子「電車のおじさん」第23回

考えてしまう玉恵。フェイスブックを
覗いてみると、プチ炎上していました。
気付いたら苦手な人のことを延々と考えてしまう。玉恵はそんなことでエネルギーを消耗したくなくて、電車のおじさんの語ったアドバイスを心の中でリピートしました。
「メガネには罪はない」
思い出しましたが、以前、仕事のやりとりのために連絡先を交換した外山先輩のLINEのアカウントは、黒ぶちメガネのクローズアップ写真で、今考えるとそれが知的アピールにも見えて、自分の顔につけているものをアップで撮影するのも生々しく、メガネには罪はないとは言い切れない気がしてきました。メガネ以外のもので考えてみよう、と玉恵は思い、手放しノートに書き出してみました。
「腕時計には罪はない」「パソコンには罪はない」「ハンカチには罪はない」「シャツには罪はない」「靴下には罪はない」
……先輩の衣服を次々想像してしまい、玉恵は身震いしました。別のベクトルに気をそらそうと、外山先輩のフェイスブックをこっそり見てみました。オンラインサロン「ブレイクスルーのノート術」のために、フェイスブックでさかんに集客しているようです。やっぱり人が集まらなかったのか、月額1500円に値下げしていました。
さらに、外山先輩はノートにまつわる格言を次々アップしているようでした。
「ノートを制するものは、人生の2割を制す」
「ノートは裏切らない。ボールペンは時々裏切るけれど……」
「ペンは剣より、ノートは楯より強し」
うまいこと言っているようで何も言っていない気がする微妙な格言は、外山先輩が作ったのでしょうか。人生の2割なんて何を根拠に……と、玉恵は首をかしげました。ボールペンは裏切る、というのはちょっと納得です。これまでに何度も、ボールペンの液漏れで手が黒くなったことを玉恵は思い出しました。いけない、つい先輩に共感を。
「素晴らしいアイディアを記録するためのノートがあるか聞かれますが、私はこれまでに1冊しか持っていません」
文房具メーカーで、ノートを1冊しか持っていないなんて問題発言かも、と思いながらも、違和感を覚えた玉恵。
「ノートを持ってカフェに行き、書いているうちにどこかに連れて行ってもらえるのが最高です」
「私はこの人生で持っている全てのものを人々に与えます。ノートを開き、書かれた全てのことを公開します」