辛酸なめ子「電車のおじさん」第5回

辛酸なめ子「電車のおじさん」第5回

新しいノートの企画「終活手帖」は
企画会議ではなかなかの手応え。
玉恵はいつになく熱弁を振るいました。


 今のところ金銭の授受は何も発生していないとはいえ、もし会社の誰かが玉恵と電車のおじさんがお茶しているところを見かけたら何と思うでしょう。パパ活、という年齢差ではないので、祖父活と思われるかもしれません。心の中でずっと、おじさん、と呼んでいましたが、おじいさん、と言っても良いかもしれない年齢感です。

 数日前に渋谷のセンター街ですれ違った女子たちの会話が玉恵の脳裏をよぎりました。

「パパ活、はまらないようにしないとね」

「池田さんに、ご飯行こうって言われたけどお金くれないし、とか思っちゃった」

「感覚狂うよね~」

 同じような背格好で茶髪で若い女子二人。玉恵は顔を見ようと近付いたけれど見えなかった。でもきっと見分けがつかないようなルックスだったことでしょう。

「あと2、3万欲しいし」

 そう漏らした女子のキャメルのコートがシワシワなのを玉恵は見逃しませんでした。

(アクリルとナイロンの混合で5900円ってとこかな)、と玉恵は瞬時にジャッジ。おじさんからお金をまきあげて、せめて2万円台のコートを買えると良いですね。

 もし彼女たちがパパ活でなく、祖父活だったら、……好感度がちょっとアップするような気がするのが不思議です。おじいさんを孫感覚でいたわっているような。高齢化社会の今、70代男子と20代女子が交流を持つことで、お互い得るものがありそうです。孫や子どもと疎遠になっている高齢者や、独居老人の方々が心の淋しさを埋めることができて、さらに若いエネルギーを吸収。若者の方は人生の知恵をシェアしてもらったり、もし経済的に余裕があればおごってもらったり……。もちろん、若い男子と老女の祖母活もありかもしれません。そして交流するうちに、何か情が芽生えて、遺産の相続人に……こんな下心、よくないですよね。

 玉恵がしばらくそんな空想にふけっていたら、いつの間にか会議は終わっていて、手帖の企画もさらに進めることになっていました。

 

 玉恵の祖父活の方は、また新たな局面を迎えました。地元の駅前のドトールに入って休憩しようとしたら、電車のおじさんと遭遇したのです。

 ブレンドコーヒーをひとりで飲んでいたおじさんは玉恵に気がつくと、前の席を示して座るように促しました。コーデュロイのシャツに、ボトムスはデニムです。70代(と勝手に決め付けていますが)でもデニムが着られるんだ、と、玉恵は内心驚きました。

「ほら、この前のノート使ってるよ」とおじさんは、在庫を進呈した「夢引き寄せノート」を上げてみました。そしてページを開くとそこには、おじさんが行きたいという大分県の、ぽっくり地蔵への行き方が書かれていました。

「熊本空港から特急バスで竹田市 1時間45分」

 このおじさん、本気だったようです。実は仕事ができるおじさんだったのかもしれません。

「竹田市は九州の真ん中らへんで、アクセス的にはバスか車だろうな。タクシーだと2万円以上かかってしまう」

「はあ……」

「温泉も近くにあるらしいよ。大分は温泉県だもんな。あんた、行きたいって言ってたろう」

 えっ、いつの間に一緒に行くことに? 玉恵は内心の動揺を隠せませんでした。お茶ならまだしも、一緒に旅行なんて意味がわかりません。

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辛酸なめ子(しんさん・なめこ)

1974年東京都生まれ。漫画家、コラムニスト、小説家。近著に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』など。最新刊に『ヌルラン』がある。

◎編集者コラム◎ 『旅ドロップ』江國香織
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第50回