辛酸なめ子「電車のおじさん」第8回

玉恵は、帰りの電車の中で、
おじさんとおじいさんの特徴を書き出してみました。
浅草寺のおみくじが凶だったり、電車のおじさんがおばさんと一緒にいたことなどショックなことが続いて、フラついていた玉恵は、道でぶつかりそうになったおじいさんに舌打ちされました。
「もう、浅草は怒りっぽいおじいさんだらけだね」と友人の茜は苦笑。
「さっき、お参りの列にちゃんと並べとかキレてたおじいさんもいたし。怒りっぽくなるのは脳の老化現象らしいけど」
玉恵はちょっとした言葉を聞き流すことができませんでした。
「浅草寺でちゃんと並べ! って注意してたのは、おじいさんというよりおじさんじゃない? 茜、さっきはおじさんって言ってなかった?」
「そうだったっけ? おじさんでもおじいさんでもどっちでもいいけど。白髪の感じが今思えばおじいさんだったかな、って」
「そうか、おじいさんか……」と、玉恵はショックを隠せません。
「どうしたの? 妙なところにこだわって。あの人、知り合いとか?」
「え、いや、そういうわけじゃないけど」
玉恵はあわててごまかしました。
それにしても、おじさんとおじいさんの境目はどこにあるのでしょう。会社の外山先輩は、この前「30歳になったからもうおじさんだ~」と嘆いていました。30歳くらいから60~70代までおじさん期が続くと思うと、日本の人口のうち、おじさん、おばさんが占める率は過半数になってしまいます。30歳くらいから何歳までがおじさんになるのでしょうか。玉恵は、帰りの電車の中で、乗客の男性たちを観察しながら、おじさんとおじいさんの特徴を書き出してみました。
「おじさんの特徴
まだちょっとギラギラしている。モテたそう。肌にツヤがある。中肉中背。わりと俊敏な動き。足腰がしっかりしている。黒髪~グレイヘア。30~60代」
「おじいさんの特徴
枯れている。やせ型。後ろ手を組んでゆっくり歩く。歩行困難。よく転ぶ。老人斑。乾いた咳。あきらめ感。でも瞳に叡智が感じられる。白髪。70代以降」
以前、玉恵の高校時代の友人が、会社役員の愛人をしていた話を聞いたことがあります。60代のおじさんだったそうですが、もうこめかみのあたりに老人斑が現れはじめていて、その友人は老人斑に萌えるとか、特殊な性癖をかいま見せていました。他に好きなのは、あきらめを漂わせているところ、と彼女は語っていました。それでも若い女子への執着心や性欲はあったらしいので、おじいさんというよりまだ現役のおじさんです。
世の中的には還暦をすぎてリタイアしたらおじさんからおじいさんになる、という認識のようです。しかし、今の60代は若いですし、70代でもシャキッとしている人はたくさんいます。80代でも男性フェロモンを感じさせる加山雄三や、80代でも現役登山家の三浦雄一郎みたいな人のことは、軽々しくおじいさん呼ばわりできません。少なくとも、自分より全然体力があると玉恵は思っていました。年齢的にはおじいさんだけれど、まだおじさんでいたい世代を「おじぃさん」と、小さい「ぃ」で短く呼ぶと良いかもしれません。玉恵にしてみれば、電車のおじさんも、まだ完全におじいさんにはなっていない気がします。あえて呼ぶなら「おじぃさん」でしょうか……。