ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第25回

ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第25回

作家には仕事を見極め、
時に「断る」という判断も必要だ。

このようにちゃんとした企業でも「漫画の依頼に慣れてなさそうなところ」も要注意なのだ。

そして「不可能な仕事」も受けてはいけない。

これは相手の問題、というよりこちらの問題である。
「明日までに50ページ描いてくれ」というような、一瞬で無理とわかる仕事なら断りやすい。
だが締め切りが1か月先だったりすると、何でもできるような気がしてしまうのだ。

そもそも漫画家というのは「希望を未来に託しすぎ」なところがある。

今安請け合いした仕事は自分がやるものではなく「1か月後の自分がやること」つまり「他人事」と思っているので、引き受けてしまうのである。

大体、締め切りが1か月後だろうが、3年後だろうが、取りかかるのは締め切り3時間前、もしくは「1回目の催促が来てから」なので、あまり意味がない。

だから、ネームに「ここに戦車100台描く」とか汚い字で平気で書けてしまうのだ。 ネームをやっている自分はネームを終わらすことしか考えてないので「後のことは作画担当の自分に任せた」という感じなのである。

だから漫画家は自分が描いたネームに対し「このネームを描いたのは誰だ!」と海原雄山の如くマジギレできるのだ。

完全に狂を発しているように見えるが、むしろこのように何重に精神を分裂させてその場をしのいでいかないと、1人でやっている作家はさらに狂が乗ってしまう。

ともかく、出来ない仕事を受けて迷惑をかけるぐらいなら、最初から断った方がお互いのためなのだが、この見極めが難しい。
大体安請け合いして、1か月先の自分が困っている、の繰り返しだ。

よって、仕事を依頼する方も、依頼した時、元気よく「はい!」と返事した奴が元気よく仕事をするとは思わないほうが良い。

何せ、今返事した奴と実際仕事をする奴は別人だし、締め切り後に電話に出ない奴もまた別人である。

ちなみに、締め切りを過ぎているのに、何故かツイッターにソシャゲのスクショを載せている奴も別人なので、そいつには怒らないであげてほしい。

ハクマン

(つづく)
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カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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