◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第100回

グリルのデモンストレーションが盛況のなか、テラスに姿を現したのは──。
「ほんとだ。これだけ余裕があれば、十二──いや十五人のパーティもまかなえそう」漆野の妻はグリルから鴇田に目を向けた。「これ、オーブンにもなるんですよね。最高温度は?」
「摂氏三百十五度です」
「四百度あれば理想的だけど、ピッツァも十分焼ける。この大きさなら一度に三枚はいけるかな。ローストチキンやキッシュ、シュークリームも焼けちゃう? あら素敵」
「俺の説明の先を越されちゃいましたが、このグリルは一台でバーベキューはもちろん、スモーカーにもなるし、ファンで熱風を循環させるコンベクションオーブンとしても使えるのでローストやベイクもできる。直火(じかび)にしたくなければレバーで簡単に切り替えられます。オーブンを使う時間のかかる蒸し煮料理も得意です。キッチンだと熱がこもるが屋外ならその心配もありません」
「普通のバーベキューグリルだと、蓋付きだと高さが低いし、そうじゃないのはオーブン使いするにはオプションが要りますもんね」と言ったのは花観月の妻だ。
「そう。でもこれなら蓋を閉めるだけでいい。もう一つの特徴は、温度管理。炭火のグリルだと温度管理するのが難しい。ちゃんとやろうとすると、料理を作ってる人間はバーベキューを楽しむどころじゃなくなる」
「あるある」漆野が言った。「うっかり目を離してる間に焦がしちゃうんだ」
「でもこいつは、コントロールパネルでターゲット温度を設定すれば自動的にその温度を保ってくれる。タイマーも設定できる。ガスを使うバーベキューグリルにも同じような機能がついているものはあります。でも皆さんご存じのとおり、ガスは臭い。ウッドペレットグリルは百パーセント天然の木材を圧縮して作った木質ペレットを燃料にしているので、食材に自然な木の香りがつく。ペレットを変えれば好みのフレーバーにアレンジできる。使用後のごみも少なく環境に優しい」
「サステイナブルだ」花観月の妻がうなずいている。衣類や化粧品、食品などオーガニックに特化したセレクトショップを経営している彼女は環境問題への意識が高い。
「このグリルを作ったメーカーはもともと、製材の際に出るおがくずなどの廃材をペレットに加工して燃料として再利用する事業から出発したんです。木質ペレットはバイオマス発電の燃料としても使われるクリーンエネルギーでありつつ、木炭や薪(まき)と違って煙が少ないのも魅力ですね。メーカー純正の木質ペレットも何種類かありますが、もちろん他のメーカーのものを使うこともできる。実際にやってみましょう。グリル部分の左側に張り出しているのはホッパー。ペレットを入れる箱です」
鴇田はホッパーの蓋を外し、小さな円筒形に圧縮されたメーカー純正の木質ペレットを袋からざらざらと流し込んだ。
「ホッパーは下でグリル部とつながっていて、ペレットは順次炉床に落ちていく。着火装置は炉床の下。一度ホッパー前面にあるコントロールパネルのイグニッションボタンを押して火が点(つ)けば、あとはペレットが燃え続ける仕組みです。温度は、庫内のファンでグリルの右側にある排気口から排出する空気を調節することで調整する。最高温度に設定しましょう」
鴇田は温度設定ボタンを押した。
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