◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第101回

パーティの客たちが帰ったあと、鴇田は一人でガレージの地下室へ降りる。
客たちが取り皿に料理をよそいはじめた。
生野菜やクラッカー、ナチョスで食べるディップはワカモレ、ホットツナ、ビール入りチェダーチーズの三種類。フィンガースナックはココナッツ・シュリンプ、コーンフリッター、チーズビスケット、ローストポテト。それとコブサラダ。すべてマダムの手作りだ。
鴇田はキッチンへ向かい、調理済みの約五十センチ × 三十センチ、一番厚い部分では十センチ近くになる巨大な肉塊が載った木製のカッティングボードを、刃にディンプル加工が施された細長いローストビーフスライサーと共にテラスへ運ぶと長テーブルに載せた。
「おおっ、すげえ!」菱折が声をあげた。「何すか、これ?」
肉の表面は炭化したように黒くなっている。サイズもそうだが、日本のバーベキューシーンではまずお目にかかることのない肉塊だ。
他の客たちも集まってきた。
「テキサススタイルブリスケット」鴇田は説明する。「ブリスケットは牛の前肢の内側の肩バラ肉とも呼ばれる部位。バーベキューの本場テキサスでバーベキューといえば牛、中でもこのブリスケットが代名詞とされています。ただ、じっくり茹(ゆ)でたり蒸したりして作るコンビーフにも使われる部位だけあって、Tボーンやサーロインと違って脂肪分が少なく固いのでステーキには向いていない」
「じゃあどうやって焼くんですか」菱折が言った。
「細かなレシピはあとでシェアしますが、七キロのホールのブリスケットの脂を削り取ってから、スパイス類を表面にまぶして約十二時間スモークしました」
「すごいインパクトね」花観月の妻が言った。
鴇田は使い捨てのポリ手袋を嵌(は)め、左手でスライサーを持ち肉塊を一センチくらいの厚みに切った。表面はカリッとしているが中はしっとり美しいピンク色に仕上がっている。
「どなたか味見を」
「いいですか?」花観月の妻が手を挙げた。セレクトショップにカフェも併設している彼女は食へのこだわりも強い。
鴇田が肉片を差し出すと彼女は顔を近づけてそのままかじりつき、あとは指でつまんで頰張った。みなの目が集まる。彼女は強そうには見えない細い顎でゆっくり何度も嚙(か)み締め、吞み込んだ。斜め上を見上げ、何度かまばたきをした。
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