◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第102回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第102回
断章──鴇田 04
増山が起訴されたことを伝えるニュース速報。そのときマダムと鴇田は……。

 エマが樹上からするするとうっとりするような滑らかな動きで頭を先に降りてきて、胴体を幹に巻き付けたまま鎌首をもたげると、素早くマウスに食らいついた。長い牙でしっかり保持してから顎を開き、何度かくわえ直してマウスを頭から縦に吞めるポジションに持ち込むと、顎を外して縦に大きく口を開け、ゆっくり吞み込みはじめた。

 エマが餌を食べるところは何回見ても飽きることはなかった。

 動物全般が好きで子供の頃から犬や猫や鳥などさまざまな生き物を飼ってきたが、それらとも死別して、今では数年前から飼いはじめたこのエマしかペットはいない。

 体温を保ち消化を助けるためのヒーター、「完全食」と呼ばれるマウスあるいはラット、そして水。生きるためにエマが必要とするのは究極的にはその三つの要素だけだ。脚が退化したシンプルな体のラインといい、何と効率的で無駄のそぎ落とされた生き物だろうか。生態とデザインの研ぎ澄まされた美しさという点で、動物界の頂点に立つのは蛇だと鴇田は信じて疑わない。すぐれた機能と造形美を持ち合わせたものだけで人生をデザインするのは、美を知る人間にとって快楽に直結する本能だ。

 餌やりを終えて地下室を出ると、マダムがダイニングキッチンでフルーツティーを飲みながらテレビを観(み)ていた。ワイドショーだ。

『──ここで速報です』女性のニュースキャスターが原稿を見ながら言った。『荒川河川敷で発見された女子中学生二件の殺人と死体遺棄の容疑で、逮捕されている容疑者・増山淳彦(ますやまあつひこ)四十四歳が起訴されました。くり返します──』

「やっぱり彼がやったのかしらね、二件とも」マダムが言った。「まあ同一犯の犯行でしょうけど」

「どうかな」鴇田はテーブルの上の木製の皿から、マダムが焼いたチョコチップクッキーを一切れつまんだ。「増山だっけ? 彼は人質司法の犠牲者で冤罪(えんざい)という可能性もある」

「まあ、日本の司法制度は中世並みって言われてるものねえ。でもDNAっていう証拠もあるみたいだし、さすがに間違いないんじゃないかな」

 クッキーをかじって鴇田はうなずいた。「たしかに。どんなに優秀な弁護人がついても、そこを覆すのは不可能だろうな」

「だとしたら死刑は確実ね。あなた、どう思う?」

「何が?」

「ペドフィリアに人権はあるか否か」

「ある」

「即答ね。なぜ?」

「人権だから。すべての人が持ってる。そういう建前だ」

「建前……そう、フィクションよね。私も若かった頃は、そんな建前を本気で信じていた」

「今は?」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。