◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第102回

増山が起訴されたことを伝えるニュース速報。そのときマダムと鴇田は……。
「そうね。あなたを産んでから、世の中が少し違って見えるようになった。子供を持つと、母親にとってはそれが世界で一番大切な存在になる」マダムはこれまで鴇田が何百回となく聞かされてきた言葉をくり返した。「ああいうニュースを観ると、娘を殺された親御さん、とくに母親はどんな気持ちだったろうって考えるの。もし私がそんな目に遭ったらって」
「心配しなくても、あなたに中学生の娘はいないよ」
するとマダムは鴇田をにらむように見た。
「あなたがいるじゃない。わかってます。俺はもういい大人だ、そう言いたいのよね。でも、いくつになっても母親にとって子供はずっとかわいいわが子のままなの」勝ち誇るように目を開いて両手を広げた。「もし私が殺された女の子たちの母親なら、ペドフィリアに人権はないって声高に叫ぶでしょうね。死刑でもまだ甘い。殺された女の子たちと同じように、ううん、それ以上に苦しめてから殺すべきよ。ピーナス(陰茎)を切断してエイナス(肛門)に焼けた鉄の棒を突っ込んで、上の口はそうね、ブラックマンのビッグディックでペニトレイト(貫通)させる。私は見たことないけど、日本のAVであるんでしょう、たくさんの男がイジャキュレイト(射精)したスパーム(精液)を集めて漏斗(じょうご)で一気に女優の口から流し込む。それをしたっていいわ。あら私過激なこと言ってる? でも、それくらいしてやらなきゃ、この世からペドフィリアを撲滅することなんてできっこない。見せしめよ、見せしめ──」
感情を高ぶらせたマダムの口から極論が飛び出すのは今に始まったことではない。きっと自分を産むはるか以前からだろう。彼女は彼女ならではの狂気を失うことなく生き永らえてきた。それだけのことだ。性にオープンなのはマダムと生前の父親にとってアーティストとしてのアイデンティティ、矜持(きょうじ)でさえあった。小学校に上がる前から両親は鴇田に絵の手ほどきをしたが、裸婦のモデルを務めたのは決まってマダムだった。逆に鴇田をヌードモデルにしてマダムが絵を描くこともあり、シリーズ化された作品はいずれも高値で売れた。
「ペドフィリアじゃない」鴇田は言った。
「え?」
「死んだ二人は中学二年生。ペドフィリアの定義は幼児・小児性愛者。小児は普通十歳以下とされている。犯人をペドフィリアと呼ぶのは間違いだよ」
「じゃあロリコンね」
「マダムも知ってるようにそれは和製英語だ。日本ではむしろペドフィリアの意味で使われることが多いが、語源となったウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ』のヒロイン、ドロレスの年齢は作中、主に十二歳から十四歳の時期が描かれている。より正確な造語を考えるならニンフェット・コンプレックスだろうね」
「あら、そうだっけ? 私、読んでないから──でも、大事なのはそこ?」ぎろっと目を剝(む)いた。
マダムは負けず嫌いだ。自分の間違いを認めることはない。絶対に。そんなことより鴇田は浅見萌愛(あさみもあ)を思い出して充血してきた性器に気が向いたので二階の自室へ上がった。
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