◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第112回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第112回
断章──鴇田 14
「あの……お金は?」萌愛に問われた鴇田。執着しないつもりだったが……。

「中でもイケたじゃん」顔を近づけて声をかけると、恥ずかしそうに真っ赤な顔を手で覆って何度もまばたきしながら「うん」と熱っぽい声で認めた。ペニスを挿入した。萌愛の反応を見、痛みがないか確認し、挿入角度を調整しながら慎重に出し入れしたが、萌愛は痛がるどころか、今度は子宮頸部(けいぶ)──「奥──奥が気持ちいいッ──!」──でもオーガズムを得た。彼女がイッたあと、鴇田は避妊など気にせず彼女の中に精子をぶちまけた。萌愛の肉体と感度は素晴らしく、これまで同年代の女とした中でも最高のセックスだと断言できた。

 服を着たあと、前の座席に移り、鴇田はどこまで送ってほしいか萌愛に訊ねた。待ち合わせた公園でいいと答えてから、萌愛はためらいがちに「あの……お金は?」と言った。

「お金?」

「二万円……サポしてくれるって」

「その話か。駄目だな」

「え?」萌愛が鴇田を見る。「けど、いいって──」

「そのつもりだったよ。でも萌愛、噓ついてたよな」

「噓……?」

「中学二年の処女、そう書いてたよな。だからサポするって答えた。でも処女じゃなかったじゃん」

「けど、忘れてて──」

「忘れてても関係ないって。フリマアプリでさ、新品未開封の品です、って書いてあったから買ってみて、開封済みの中古品だったらどう思う? 約束違うじゃん、金返せってなるだろ。難しい言葉で言うと契約不履行。俺に支払う義務はない」

 萌愛のトラウマを克服させたばかりか三回もイカせてやったのを思えば、むしろこっちの方が金をもらってもいいくらいだ。しばらく黙り込んだあとで、萌愛は口を開いた。

「うち……うちのお母さん、シングルマザーでお金なくて、借金もあって──」

 鴇田は冷ややかな視線で遮った。「その話、俺に関係ある?」

 萌愛は絶句した。

 鴇田は車を発進させ、入ってきた車止めゲートから荒川河川敷を出、待ち合わせ場所の公園で車を停め、萌愛を降ろした。萌愛はうなだれ、黙りこくったまま車を降りた。

「ドア閉めて」鴇田は冷淡に命じてすぐ車を出した。

 

 二万というはした金を惜しんだのではない。必要のない金はたとえ一円でも払うつもりはない。トラブルの大半が金で解決できるのも事実だが、自らの信義のためにはどんなにもめようが絶対に払ってはいけない金もある。甘やかせばつけ上がるのが人間という生き物だからだ。

 萌愛とのセックスは素晴らしかった。トラウマを乗り越え快楽を享受する敏感で貪欲なたくましい生命力。たまらなく魅力的なニンフェット──だが、女を甘やかして優位性を失うなどということはあってはならない。鴇田のような男にとってそれはオスとしての死にも等しい。女に執着しないことも鉄則だ。

里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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