◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第112回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第112回
断章──鴇田 14
「あの……お金は?」萌愛に問われた鴇田。執着しないつもりだったが……。

 だがあれ以来萌愛のことが頭を離れなくなっていた。仕事中でも気がつくと萌愛のことを考えていたし、暇があれば彼女とのセックスを録画した映像を観ながらペニスをしごいた。

 眠っている間の夢の中にまで萌愛が出てきた。中学校の制服姿の彼女は、くわえ煙草の中年男──顔はよくわからなかった──に犯されそうになっていた。鴇田はその中年男に襲いかかり、激しい怒りに任せて暴力を振るった。完全に殺すつもりでやっていたし、夢の中でその男は死んだように思うが、定かではない。萌愛と二人きりになった鴇田は、小学校の中学年くらいに見える。萌愛は少年の鴇田の頭を胸に抱いてこう言った「かわいそうに。もう大丈夫。大丈夫だよ」。

 鴇田は胸の内がかつて感じたことがないほど温かくなるのを感じ、その温かさが涙となって目からこぼれ落ちるのを感じた。自室のベッドで目が覚めたとき、鴇田は、自分が現実でも泣いていたことを知り当惑した。

 萌愛に会いたくてたまらなくなった。認めるしかない。萌愛が欲しかった。ヤリまくりイカせまくりたかった。ニンフェットの旬は短い。彼女はほどなく穢れなさを喪失してしまう。そうなる前に彼女から搾り出せるみずみずしい果汁を最後の一滴まで味わい尽くしたかった。そのために彼女を誘拐し、どこかに監禁してもいいとすら思った。

 一人の女にここまで執着したことはなかった。初体験から年上の女とも無数にセックスし、つき合ったが、娘のような年代の萌愛ほどに安らぎを与えてくれた者はいなかった。ひょっとすると彼女にはニンフェットとしての魅力を超えた何かがあるのかもしれない。

 まだ世間を知らなかった思春期以降、女に対して幻想を抱くことなどなくなっていたが、萌愛についてあらぬことを想像するのは楽しかった。彼女には無限の可能性がある。なぜかそう感じる。ちゃんとした教育を施すことができれば、ニンフェットの時期が過ぎてもしなやかな知性を持つ本物のいい女に育てることができるのではないか。彼女が今属している社会階層から引き揚げ、しかるべき環境でしかるべき人間関係を築かせてやることができれば。

 そのための金を出してやるのはやぶさかではない。もちろん見返りは必要だ。萌愛を性的その他あらゆる意味で独占する。誰にも渡さない。

 鴇田はLINEで萌愛に連絡した。彼女との連絡は基本、文字を使ったメッセージだ。会おう。萌愛もそう思っているはずだと確信していたが、返事はいたってそっけない、温度差を感じさせるものだった。

『お金くれるなら会います』

 女がミクロのレベルで男より賢いのは、現実的だからだ。女がマクロのレベルで愚かなのも現実的だからだ。女は目先のことしか頭にない。大局観を抱けない。ただ、貧すれば鈍する──経済的に困窮すれば男女にかかわりなくIQが有意に下がるという研究結果もある。はした金に気を取られている人間にまともな判断はできない。

 その状況から救い出してやるつもりはあるが、萌愛の自分への絶対服従が最低条件だ。性的虐待のトラウマを克服させ、オーガズムへ導いた鴇田は萌愛にとって唯一無二の特別な男であるのは疑いがない。問題は彼女の目が貧しさで曇っていることだ。だがそれも今は利用できる。

(つづく)
 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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