◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第113回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第113回
断章──鴇田 15
金が欲しいんだろ?──鴇田は、萌愛をなんとかして意のままに操ろうと……。

 鴇田は萌愛に、金を払うから会おうとメッセージを送った。彼女は応じた。同じ公園で待ち合わせ、荒川河川敷の同じ場所に車を停めた。萌愛はずっと固い表情で黙り込んでいたが、「先にお金ください」と言った。

 想像の中の萌愛とのギャップもあり、彼女の頑迷さに苛立(いらだ)ちを覚えた。

「萌愛。お前は何もわかってない。二万なんてちんけな金のことは忘れろ。俺がもっと違う世界を見せてやる」

 萌愛が眉をひそめ、まるで鴇田がいかれているとでもいうような目を向けてきた。「……ごまかさないでください」

「こないだよりタフになったな。乖離(かいり)していた自分を統合できたからだ。誰のおかげだ?」

 萌愛には意味がわからないようだった。鴇田にとってもそんな話はどうでもよくなっていた。さっきからずっと股間の硬直はパンツを突き破りそうなほどで、体中の血液が集まっているかのようだ。脳味噌(のうみそ)がまともに働くはずなどない。鴇田は運転席に座ったまま尻を浮かせ、ショートパンツとブリーフを脱いだ。助手席の萌愛がぎょっとする。

「しゃぶって」鴇田は視線でペニスを示した。

 萌愛は顔をしかめ、首を振った。

「金が欲しいんだろ?」

 萌愛は考えてから、ためらいがちにうなずいた。

「やるよ。二万なんてはした金じゃなく、もっとだ」

 萌愛の眉が上がる。

「けど払うのは俺じゃない。お前が稼ぐのを助けてやる。無修正OKのネットの有料ライブチャットで俺とのセックスを生配信すれば、五万や十万すぐ稼げる」

「え──」

「生配信じゃなくてもいい。こないだ撮った動画をアダルト動画のコンテンツマーケットで一本いくらで売りに出せば、もっと楽に儲けられる。そっちのがいいか?」

 萌愛は慌てて首を振った。

「何でだ? セックスして金を稼ぎたいんじゃなかったのか」

「だって……それって、みんなに見られるってことじゃん」

「いやなのか?」

 うなずいた。

「だったらなぜ俺にコンタクトした? インスタブックにハメ撮り動画アップしまくってるのに」

 答えられなかった。他の数多くの女たちとセックスをしている証拠があったからこそ、萌愛は逆説的に鴇田を信用できたのだ。自分もそこに加わるだけならさほど不安は感じていなかったはずだ。

 だが鴇田は女たちとの性交渉の映像をこれまで売ったりはしていない。

「じゃあ顔をボカして動画売ってやるよ」

「いや……です」

「どうして?」

「……怖い」

「知り合いとかにバレるのが?」

 うなずいた。鴇田は心の中でほくそ笑んだ。

「べつによくない? 俺の言うこと聞かないとどうせ同じことになるんだし」

 萌愛がはっとする。

 
里見 蘭(さとみ・らん

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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