◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第117回

クリアすべき問題は大きく三つ。鴇田の思考は殺人の後始末に満たされる。
さて。
後始末をしなくては。
殺人となると淫行とはわけが違ってくる。捕まって有罪にでもなればだいぶ不自由になるだろう。だが大丈夫。暴行や傷害以外にも、たんにスリルを味わうため、窃盗や器物損壊を幼い頃から大人になるまでくり返してきたが、まだそれで逮捕されたことはない。
もう何年も大麻を栽培、所持、使用し、あまつさえネットを通じて不特定多数の人間に売りさばいているが捕まっていない。しっかり頭を働かせれば、官憲は出し抜ける。警察の力の入り方は異なるだろうが殺人も例外ではない。これは自分が得意なゲームだ。
クリアすべき問題は大きく三つ。
①萌愛の死体の処理。
②萌愛と鴇田の接点。
③防犯カメラ映像と目撃者。
①は言わずもがな。死体が発見されなければ死体遺棄あるいは殺人での捜査が開始されることはない。死体を消すことができれば殺人という犯罪も消える。完全犯罪だ。
②。治安のいい日本では、殺人のほとんどは家族など身近な人間関係で起こっている。あるいは近い生活圏内で。警察は普通まずそこから犯人を捜していく。鴇田はそのどちらにも属していないが、接点はある。
③。最近では多くの犯罪が防犯カメラの録画映像を手がかりに解決されている。警察がこれにより萌愛の足取りをトレースし、どこかで鴇田あるいはネオエースとの接点を見つけ、そこから鴇田に肉迫してくる可能性はある。目撃者によって萌愛と鴇田の接点が発覚する可能性も考慮しなくてはならない。
オーケー。なかなか難易度は高そうだ。
萌愛のトートバッグを調べると中にスマホがあった。死んだ萌愛の指で指紋認証をクリアして起動する。念のため暗証番号を鴇田が選んだものに更新しておき、チェックする。
スマホを起動していると最寄りの携帯キャリアの基地局にリアルタイムで通信記録が残る。警察はその記録から生前の萌愛のおおまかな位置をトレースできるし、死んだあとでもスマホが起動していれば同じように大まかな位置を特定できる。萌愛が行方不明になり、捜索が開始されたら警察は携帯キャリアに情報開示を求める。だがそれまでにはまだ時間がある。
SNSのアプリはインスタブック、チャットアプリはLINEだけだった。LINEを見ると、ひんぱんにトークしている母親(浅見奈那)以外のフレンドは三人。彼女たちと四人での「ズッ友」と名づけられたLINEグループもあった。萌愛は友達に相談したと言った。その三人とのトークを、それぞれ鴇田と萌愛が出会った頃の日付までさかのぼって調べたがトキオつまり鴇田についての言及はない。相談したと言ったのが噓か、電話か直接会って話したかのどちらかだろう。だが後者と考えておいた方がいい。
鴇田との接点はインスタブックでのダイレクトメッセージとLINEのトークしかない。この二つは強力な証拠となる。スマホを操作してメッセージやアカウントを削除したり、あるいは端末そのものを捨てたり破壊したりしても、インスタブックとLINEのサーバーに残った記録を消すことはできない。
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