◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第119回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第119回
断章──鴇田 21
萌愛の殺害には計画も準備も不十分だった。鴇田はそう考えていたが……。

「漂白」目次


 

 荒川河川敷を出ると、ふだんは聴かないAMラジオをつけ、一時停止や法定速度をきちんと守って車を走らせながら、②と③について思考を巡らせる。

 ②。警察が優秀でやる気があれば、インスタブックを通じてトキオと会った女たちから鴇田の情報を入手することは可能だ。鴇田は女たちに本名を明かしていないが、車の車種や、場合によってはナンバーまで覚えている女がいるかもしれない。ただ、女たちが鴇田と一緒に自撮りをしたときなどは車のナンバーが写らないよう注意していたので、写真や映像には残っていないはずだ。

 ③。鴇田と萌愛が一緒にいる映像があるとすれば、公園での待ち合わせ場面を押さえたものだろう。だが、付近に防犯カメラはなかったはずだ。荒川河川敷。こちらも注意していたが、鴇田が使っていた車止めゲート付近や、車を停めた場所の付近には見当たらなかった。徒歩で移動していたならともかく、車での移動ならさほど心配する必要はないのではないか。いずれにしても、今さらコントロールするのは不可能だ。

 目撃者。萌愛と初めて待ち合わせたとき、公園のベンチには中年男が一人いた。二回目のときには公園や周囲に人はいなかったと思う。今日──ベンチには若いカップルがいた。この三人の観察力や記憶力については未知数。警察が彼らにアプローチできるかどうかも。したがって、考えても仕方ない。

 鴇田は一般道で足立区から松戸市へ抜け、松戸インターチェンジで首都高に乗り、幕張でいったん降りた。ホテルのカフェに入るためだ。スマホでニュースをチェックしつつ、コーヒーを飲みながら考えた。

 夜の十時を回っても、中学二年生の女子生徒が行方不明になったというニュースは流れなかった。荒川河川敷で少女の全裸死体が発見されたというニュースも。

 結論。

 萌愛の殺人については計画も準備も不十分だった。警察が鴇田にたどり着く可能性はあると考えた方がいい。そして──一番可能性が高いのは、インスタブックでトキオと出会った女たちからの情報だ。しかし漂白剤がちゃんと役目を果たしてくれれば、最悪でも警察が手に入れられるのは情況証拠のみ。それでも法の理念とは裏腹に、「有罪推定」が働いて有罪になってしまうのが日本の司法制度だ。もしケツに火が点きそうになったら国外へ逃亡するという手もある。

 警察がインスタブックの女たちに接触したら、その中の何人かは鴇田に事情を聞いてくるのではないか。そうなったらどうするか判断しよう。

 結論。これで②、③についても考える必要はなくなった。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『殻割る音』中村汐里
仙川 環『処方箋のないクリニック』