◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第120回

警察の捜査が進展しないなか、鴇田は「新たな計画」へ駆り立てられていた。
インスタブックの新しいアカウントで女たちとセックスしながらも、鴇田は浅見萌愛を忘れることができなかった。たんにセックスのみならず、殺人というそれまで知らなかった快感が加わったことにより、彼女は鴇田にとって永遠に特別な存在となった。新しい女たちとセックスをしても、到底萌愛との最後の性交の絶頂には及ばない。一度踏み入れてしまったあの恍惚境にふたたび到達するには、少女を犯して殺すしかない。新しい女たちは鴇田にとって、その妄想をしながらするマスターベーションの道具でしかなかった。
人間には人間を殺すことへのタブーが本能的に組み込まれている。戦場で敵に銃口を向けてもなかなか発砲できない者の方が「普通」なのだ。人を殺したことがトラウマとなりPTSDに苦しむ帰還兵の話は、現実でもフィクションでもあふれている。
だが鴇田は違う。初めてにもかかわらず浅見萌愛を手にかけるのに一切躊躇しなかったし、殺すのは快感そのものだった。殺したあともトラウマになるどころか、次の機会を渇望している。
やはり俺は選ばれた人間なのだ。警察の手が及んでいないのもそれが理由だ。もしも神、あるいはそのようなものが存在するなら、次も楽しめというこれはメッセージなのではないか?
鴇田が好んで交際するのは、肉体的、経済的、外見的、さまざまな点で秀でた男たちばかりだが、萌愛を殺したことで自分は彼らより卓越した存在になったという実感があった。それがどれほど素晴らしい、めくるめく体験か教えてやりたくてうずうずした。が、自分だけの胸に秘めることで優越感にひたるのも、それはそれで気分がよかった。
二月になったが、萌愛についての進展はなかった。
足立区にある建築事務所での初めての打ち合わせの帰り、鴇田はある光景を見て車を停めた。たしか往路では人気のなかった学校の校庭で、ユニフォーム姿の少女たちがソフトボールの試合をしていた。
中学生だ。フェンスごしにも顔や体つきですぐわかった。どちらのチームとも半袖に短パン、膝上丈のソックス。攻守とも日焼けしてきびきび動いている。垢抜けない子も多かったが、みな弾(はじ)けるような生命力の輝きに満ちていた。同年代だった頃、鴇田がダサいと見向きもしなかったような少女たちだが、今の鴇田にはまぶしかった。中でも一人の少女が目を惹(ひ)いた。
バッターボックスに立った、えんじ色のチームカラーのユニフォームを着た少女だ。左胸に「星栄」の文字が書かれ、背番号は7。ヘルメットをしていても、美しいことがわかる。ぱっちりした二重につぶらな瞳、大人びた鼻のライン、メイクもしていないのに鮮やかなピンクの唇は、自然と口角が上がっている。浅見萌愛とは対照的な、愛情にも経済的にも恵まれ、何不自由なくすくすくと育った少女だ。
体の線をさほど露(あら)わにしないユニフォームの上からでも、痩せすぎず太りすぎず、健康的な肉体は見て取れた。ウエストや足首の引き締まった優美なラインは、同年代には珍しい洗練を感じさせた。彼女は、二つのチームの少女たちから一人だけくっきり浮き上がっているように鴇田には見えた。
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