◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第122回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第122回
第七章──焦点 01
都築、田口とともに打合せを進める志鶴。検察側の隠し玉が明らかに──

「漂白」目次


 

 第七章──焦点

 
     1

 コンビニのドアが開いて、一人の少女が店内に入ってくる。夏物のカジュアルを着た、中学生くらいに見える華奢(きゃしゃ)な少女だ。彼女は急ぐ様子もなく、店内を見渡して、右手に向かって歩いていき、画面から消えた。

 コンビニの入り口付近に設置された防犯カメラの録画映像。映っていた少女は、浅見萌愛(あさみもあ)。検察側はそう主張している。短い映像が終わると、志鶴(しづる)はファイルを閉じ、次のファイルを開いた。

 同じコンビニの、レジの後ろに設置されたカメラの映像が再生される。先ほどの少女が店員に商品を差し出し、料金を支払う姿が映し出されていた。買ったのは、キャンディかグミのように見える袋が一つ。彼女がレジを離れると、映像が終わった。

 防犯カメラ映像の右下には、日時を示すカウンターが表示されている。彼女がレジを離れたのは、九月十四日の十九時三十一分。

 次のデータを開く。

 同じコンビニの、入り口付近の防犯カメラ映像。ドアが開いて、太った男性が入ってくる。増山淳彦(ますやまあつひこ)だ。増山は、勝手知ったる様子でまっすぐ進んで画面から見えなくなった。

 次のデータ。レジで会計する増山の映像。煙草(タバコ)を二箱買ったようだ。レジを離れ、画面から消える。九月十四日の十九時五十二分。検察が浅見萌愛と主張する少女が出て行ってから、二十一分後。

「──このコンビニは、ファミリーセブン綾瀬(あやせ)店」志鶴は説明する。「増山さんの自宅の最寄りのコンビニです」

 志鶴が操作するノートパソコンの画面は、プロジェクターを通じて壁の大きなスクリーンに映し出されている。

「事件があったと思われる晩、被害者の浅見萌愛と増山氏は、彼の自宅の最寄りのコンビニでニアミスしていた。検察にまさかこんな隠し玉があったとはな」

 田口司(たぐちつかさ)が、感心するかのような口ぶりで言った。

「こんなものが隠し玉?」都築賢造(つづきけんぞう)が声をあげる。「たんなる偶然。そうだろう、川村(かわむら)先生?」

「ええ」志鶴はうなずく。「増山さんに確認したところ、びっくりされてました」

 六月一日。検察官の証明予定事実記載書を入手した一週間後、志鶴が勤務する公設事務所の会議室。増山淳彦の弁護団による打合せだ。

 公判に先立ち、検察は、自分たちが法廷で主張する予定の内容と、それを立証する証拠について書面化し、弁護側に開示した。文書については業者を使ってコピーもしているが、志鶴と都築、田口の三人は、検察庁へ出向き、文書を含むすべての開示証拠の原本を閲覧し、必要があればデジタルカメラやビデオカメラで謄写している。今日の打合せは、検察の主張と証拠を確認し、対策を検討するためのものだ。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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