◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第123回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第123回
第七章──焦点 02
綿貫絵里香の事件についても、田口の態度は終始冷ややかなままで……。

「漂白」目次


「③の目撃証言、これ、怪しいよなあ」都築が言った。「増山さんが逮捕されたあと、改めて現場付近で聞き込みをしたら、女子中学生をつけている増山さんを見た人物が現れたって──増山さんが逮捕されたの、最初の事件のほとんど半年後じゃないか。現場近くに住んでるおばちゃんらしいけど、だったらなぜ、事件のすぐあとに証言しなかったんだって話だよな。大方、処罰感情をこじらせたか目立ちたいかどっちかだろう」

「私も怪しいと思います」

「供述調書は不同意、法廷で反対尋問で潰す。それでいいだろう」

 志鶴は田口を見た。メタルフレームの眼鏡の奥の目の表情は読めない。その田口が口を開く。

「④の関係者供述は、さすがに噓(うそ)ではなさそうですがね。増山氏をよく知る人物だけに」

 検察が証拠として使おうとしているのは、増山が勤務していた新聞販売店の店長の供述だ。ポイントは二つ。増山が日頃から「ジュニアアイドル」と呼ばれる小学生や中学生の女子のDVDを好んで鑑賞していたことから、犯人である可能性を証明するというのが一つ。二つ目は、浅見萌愛の事件のあと、しばらくして、増山が、コンビニで購入した漂白剤を持参して新聞販売店に出勤したという証言だ。

「ジュニアアイドルが好きだと、殺人を犯すのかね?」都築が嚙(か)みついた。

「犯人像とは矛盾しないでしょう」田口が応じて志鶴を見る。「漂白剤の話は本当なのか?」

「増山さんに訊(き)いたら、思い出しました。浅見萌愛の事件のあと、母親の文子(ふみこ)さんから、漂白剤が切れたから、出勤のついでに買ってきてもらえないか頼まれたと。配達後だと疲れて忘れてしまうかもしれないと、朝刊の配達の出勤の際、コンビニで買い、そのまま職場まで持って行ったそうです」

「苦しい言い訳だな」

「事実です」

「裁判員がそう考えるかな」田口がうっすら笑う。

「漂白剤を買ったのは、最初の事件が起きたあとの話ですが」

「二件目で使うために購入した──そうも考えられる」

 一体どちらの味方なのだ。志鶴は思わず田口をにらんだ。

「文子さんへの証人尋問で、漂白剤の件は潰せばいいだろう」都築が言った。「⑤と⑥はくだらんな」

 ⑤は、犯行があったと思われる日の前日及び前々日の増山のパソコンのネット履歴から、増山が中学生の女子との性交渉、とくにレイプに関心を持っていたことを証明しようとするもの。⑥は、増山が長年にわたり、小学生から中学生にかけての女子に性的関心を持ってきたことを証明しようとするもの。④とも重なるが、犯人性を示すことを補強する証拠ということだった。捜査機関は、すでにマスコミへのリークという形で、増山の性的嗜好(しこう)について世間に印象づけている。公判でもその線で駄目押しするつもりなのだろう。完全に想定の範囲内だ。

「次に、綿貫絵里香(わたぬきえりか)の事件――」

 志鶴はパソコンを操作して画面を切り替えた。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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