◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第123回

綿貫絵里香の事件についても、田口の態度は終始冷ややかなままで……。
「問題は私じゃない。裁判官や裁判員がどう思うかです。昔と違い、現在のDNA鑑定はほぼ間違いがない。DNAは絶対的証拠──これが常識だ」
「はっはっは、絶対的証拠、ときたか」都築は、デスクの上に用意されたコンビニ菓子を取ると、包装をはがして中身を口に放り込んだ。「田口先生がおっしゃるとおり。みんな『科学的証拠』ってやつを盲信しすぎるんだ。アメリカでは『CSIエフェクト』って呼ばれてるが、警察の科学捜査班の活躍を描くドラマ『CSI』が大ヒットした結果、陪審員が科学的証拠を確実なものとみなして安易に有罪認定してしまう傾向が増したんじゃないかなんて議論がある。中でもとくにDNA鑑定が絶対視されているとね。それはそれとして、ちょっと考えてみよう。死体遺棄現場で発見された煙草の吸い殻から検出されたDNAが増山さんのものだった。そして、その吸い殻には被害者の血液が付着していた。まずそこまでを事実と仮定する。この証拠は、増山さんが殺人の犯人であるという要証事実を証明する力を持っているだろうか?」
「裁判員なら、十人いれば十人がイエスと答えるでしょう。彼らは司法試験の受験生じゃない」
「そうかな。ではなぜ検察は、煙草の吸い殻なんかじゃなく、被害者の遺体に残留していたはずの犯人のDNAを証拠として請求しない?」
「──マスコミの報道では、遺体に漂白剤が撒(ま)かれていたと。鑑定できる状態のDNAが、遺体から検出できなかったからでは?」
「ほーう、なるほど。漂白剤には、DNAを損傷する作用がある。これも件(くだん)の『CSI』はもちろん、他の海外ドラマや映画でも題材とされ、それを参考に犯罪を犯す人間さえ出たという話だ。漂白剤を含む家庭用洗剤で血液の痕跡を消すと、DNAの検出が難しくなるという論文もある。ところで、なぜ犯人は遺体に漂白剤を撒いたのだろう?」
「もちろん、現場から自分のDNAが検出されないよう──」そこで田口が言葉を切った。
「現場に自分が犯人であることを示す遺留物を残さぬよう、被害者の遺体に漂白剤を撒いた」都築が引き取る。「犯人はなかなか知的で、慎重な人物のようだ。だがその同じ人物が、たやすくDNAが検出できる煙草の吸い殻を現場に残した? それも、一本ならまだしも、二本も? 知的どころか、そんな間抜けな犯人が、漂白剤を撒くなんて思いつくはずがない。違うかね、田口先生──?」
(つづく)
連載第124回