◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第125回

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第七章──焦点 04
弁護士・志鶴の疑念は、警察と検察による無理筋の捜査と起訴だった。

「漂白」目次


 志鶴と田口は静かに対峙(たいじ)した。

 トキオの存在を聞いたうえでのこじつけではない。約半年の間を置いて起こった、二件の殺人死体遺棄事件。警察はなかなか被疑者を絞れずにいた。そこへ、被害者の一人が通っていた星栄中学校に十六年前、ソフトボール部の生徒たちの制服目当てに侵入し、逮捕された増山淳彦の名が浮上する。任意で同行をかけて事情聴取し、その際DNAを採取した。するとそのDNAが、二件目の死体遺棄現場で発見された煙草の吸い殻のものと一致。警察も検察も、すわ増山こそ犯人だと色めき立った。そうなれば増山を有罪にするため、遺体に漂白剤がかけられた矛盾を無視して一直線に突進するのが彼らだ。もし増山が真犯人なら、自白の強要により殺人まで認めてしまった綿貫絵里香の事件で、少なくとも綿貫絵里香の自転車の行方や、凶器について秘密の暴露がないことはおかしいのだ。

 トキオの存在を知る以前から、今回の検察の起訴は増山の虚偽自白とDNA証拠に依存した無理筋なものだと思っていた。虚偽自白の供述さえない浅見萌愛についてまで起訴したのは、輪をかけて不当だった。後藤みくるの話は、志鶴のそうした疑念を裏づけてくれるものだったのだ。

「私も川村先生と同意見だ」都築が言った。「ケース・セオリーの大筋はそれでいこう。どうかな?」

 展開が想定外に早い。呼吸を整える。それがトキオであるかはさておき、真犯人は増山の他にいる。まずその点を、田口は難しいとしても、都築と共有できるかどうか。今日の打合せではそれが最大の課題になると思っていた。

「私も──できればその線で行きたいと思っています」

 無罪推定の原則は、弁護人にとって最大の武器だ。が、依頼人の防御のため、他に真犯人が存在すると主張することはそれと矛盾しない。弁護人は真犯人の罪を糾弾し、裁きにかけるわけではない。

 田口は、志鶴と都築とを見比べ、ゆっくりと首を振った。「裁判員や裁判官が、そんな都合のいい話を信じるとでも?」

「それを信じさせるのが、われわれの仕事だろう」都築が答えた。「相手の証拠がこれだけ弱いのに、増山さんに罪を認めさせ、責任能力や殺意を争って認定落ちを狙った方がいい――まだそう主張するかね?」

「ええ。私はあなた方の意見には反対だ。多数決なら勝ち目はないが、決めるのは増山氏本人であるべきでしょう」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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