◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第125回

弁護士・志鶴の疑念は、警察と検察による無理筋の捜査と起訴だった。
「ではこうしないか。私と川村先生で、あくまで無実を主張するケース・セオリーに沿って、検察側に開示請求をする証拠をリストアップする。田口先生は、認定落ちのケース・セオリーに従って、開示請求する証拠のリストを作ってくれ。検察にはそのすべてを開示請求し、それぞれケース・セオリーを完成させたら増山さんに提案し、どちらを選ぶか決めてもらう。決まったら、恨みっこなし。どうだね?」
「――いいでしょう」レンズの奥で、田口の目が鋭さを増した。
「正直なところを話してくれ、川村君」
田口が会議室を出ていき、二人きりになると、都築が言った。深みのあるまなざしがまっすぐにこちらの目を覗(のぞ)き込んでくる。志鶴は思わず身構えた。
「煙草の吸い殻は真犯人による偽装工作説、信じてるかね?」
「──はい」
「増山さんがそう主張したという話は聞いていない。世間でそんな話も出ていないようだ。君はなぜそう考えるに至った?」
見透かされているような気がした。後藤みくるの顔が浮かぶ。
「論理的帰結です。DNA以外の証拠については、さっき田口先生に話したとおり。DNAについても、都築先生と同じ推論の筋道をたどっていました」
「──そうか」
「はい」都築の目を見返す。
「それならいい。自分の推論に穴があったらまずいと思って確かめさせてもらった」
「私が先生に迎合したと思われたのでしたら、不本意です」
「いや悪かった。君がそんな人間じゃないのは、よく知っているつもりだった」
「なら宥恕(ゆうじょ)しましょう。さて、目隠しビュッフェですが──」
志鶴は、司法修習生時代、都築の事務所でエクスターンとして刑事弁護を学んだ。公判前整理手続での検察側に対する証拠開示請求を、都築は、目隠しをした状態でオーダー式のビュッフェ会場に連れてこられるようなものだ、とたとえた。
検察が把握しているすべての証拠を、被告人や弁護人は見ることができない。そもそも何があるのかわからない。にもかかわらず、依頼者にとって少しでも有利な証拠をつかみ取る──すなわち開示させなければならない。食べたいものがあったとしても、オーダーしてみないとわからないビュッフェに等しい。
全部見せてくれと頼んでそうしてくれるなら話は早い。が、現実はそういう運用になっていない。どんな証拠があるかを推測し、こちらから指定する必要があるのだ。同じ事件でも弁護人の力量によって、検察側から引き出せる証拠はまったく変わってしまう。証拠開示が有罪無罪を分かつと言われるゆえんだが、理不尽この上ない。最初から検察が全面開示すればそういう事態にはならないのだ。
「網を打ちます」志鶴は言った。「漏れがあれば言ってください」
(つづく)
連載第126回
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