◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第126回

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第七章──焦点 05
真犯人は増山の他にいる。そこにつながる証拠を開示請求するために──

「漂白」目次


 ノートパソコンにワープロソフトを起(た)ち上げ、「1 被告人について」と打ち込んでいく。

 検察の主張を崩すストーリーの大筋が、志鶴と都築との間で一致を見た今、志鶴が欲しいのは、真犯人であるはずのトキオにつながる証拠だ。が、捜査機関がどんな証拠を持っているかわからない以上、この段階で絞り込むのは不可能だ。存在が推定されるあらゆる証拠を網羅するくらいのつもりで証拠請求をかける。

 事件に関係する「人・場所・物」をリストアップし、警察の犯罪捜査規範や、司法警察職員捜査書類基本書式例、検察官の事件事務規定といった捜査機関の規定から、捜査過程においてどんな証拠が作成されているかを推定し、証拠類型に当てはめ指定する。目隠しビュッフェのたとえを使えば、和洋中を選んでから肉料理、魚料理、ごはんもの──と見当をつけ、オーダーする感じだ。

「──とりあえず、検察官予定主張に対応する形で網羅的なリストはできました」志鶴は言った。

「あとは、真犯人をたぐり寄せる証拠だな」都築がコーヒーをすすった。

 星栄中学校で行われたソフトボールの試合を記録した映像は、テレビ報道でそのごく一部を観(み)ただけだ。それ以外の部分に、トキオの車の可能性があるネオエースのナンバーが映っているかもしれない。ひょっとしたら、増山が捨てた煙草の吸い殻を拾うシーンも映っていたりしないだろうか。考えるだけでアドレナリンが湧いた。

「さっき君が田口先生に言ったとおり、証拠物について考えると真犯人は車を使っていた蓋然性が高い」都築が言った。「二件の殺人死体遺棄それぞれについて、警察は現場周辺の防犯カメラ映像を徹底的に調べているはず。もしかしたら怪しい車もあったかもしれない。だが、増山さんが被疑者として浮上した時点で、そうした証拠はすべて消極証拠として無視する方へ舵(かじ)を切った。どうかな?」

「私も同じように推測しました。捜査機関が、論理的に考えれば当然疑うべきはずの車をある時点で外した理由も想像できます」

「ほう、何だね」

「まず、河川敷の死体遺棄現場周辺には、防犯カメラが設置されていませんでした。さらに、死体遺棄現場となった荒川河川敷は基本的に、一般車両の進入が許されていません。一般道から河川敷の道路の境には回転式の車止めゲートがあり、南京錠(なんきんじょう)で施錠されているんです。イベントがあるときや、グラウンドの駐車場など週末や休日に開放されるゲートもありますが、事件前後の死体遺棄現場付近の河川敷道路、ゲートについては該当しません」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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