◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第126回

真犯人は増山の他にいる。そこにつながる証拠を開示請求するために──。
パラリーガルの森元逸美(もりもといつみ)を伴い最初に現場調査に臨んだときその事実を知り、インターネットなどで確認した。後藤みくるは、志鶴に会いに来た際、トキオが浅見萌愛と自動車の内部で性行為に及んでいたと話した。その後、志鶴が電話でみくるに確認してみると、車を停(と)めたのは荒川の河川敷だったという。
ノートパソコンに、現場調査で撮影した、荒川河川敷の回転式車止めゲートや、回転軸の下部につけられた南京錠の写真を呼び出した。
「つまり──真犯人は、車止めゲートの鍵を自由にできる人物の可能性が高い、というわけか」
「はい。管轄は、荒川下流河川事務所。現場付近にいくつか出張所もあります」
「出入りの業者もかなりの数に上るだろう。南京錠の鍵なら、複製を作るのも難しくなさそうだな。警察がそこまで調べたかどうかはわからんが」
「請求かけてみます」志鶴はリストに付け加えた。
「それと、防犯カメラ映像。現場に一番近い車止めゲート周辺の防犯カメラ映像を、二件の事件について入手したい。証拠保全はかけたものの、警察には提出を断られた。そうだったな?」
刑事事件では、公判の前に限り、弁護人は裁判官に証拠保全を請求できる。捜査機関と異なり、捜査権限を持たない弁護人が証拠を集めようとしても、たとえば携帯電話会社などからは断られることが多い。証拠保全を請求すると、裁判所はその権限を使って弁護人の代わりに携帯電話会社などに証拠を請求する。警察が保管していると思われる証拠についても同様の手続が認められている。
「はい」しかし、裁判所による証拠保全に、拒否した場合のペナルティは定められていない。
「検察の顔色をうかがったのかもな。まあいい。防犯カメラの場所、ちゃんと教えてもらえるかな」
「一番近い車止めゲートは、左右の二ヵ所です」志鶴は、グーグルマップにゲートの位置を書き加えた作図データを開いた。「千住新橋に接するものと、西新井橋に接するもの。現場からの距離とアクセスを考慮すると、二ヵ所のゲートに一番近い防犯カメラは、それぞれ、東京都道450新荒川葛西堤防線の、この二つの交差点のものになります」
現場周辺の防犯カメラは、現場調査の結果をマッピングしてある。志鶴は二つの交差点が書き込まれた作図データを開き、現地で撮影した交差点と防犯カメラの写真も提示した。
都築が身を乗り出してパソコンのディスプレイを見る。
「そうか。このカメラの位置だと、ゲートそのものは映らない。おそらく他に目撃証言もなかったので、警察も車の線を捨てた、と。だが、ゲートに接する道路を通過した車をチェックできる以上、われわれとしては執着する価値はある」
志鶴は、二ヵ所の防犯カメラについて、映像データその他の証拠をリストに追加する。二件それぞれに、犯行が推定される時刻の前後に幅を持たせて。もし映像が残っていれば、トキオの「大っきな車」──おそらく白いネオエース──は、そのどちらにも捉えられているはずだ。
(つづく)
連載第127回
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