◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第129回

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第7章──焦点 08
物証は煙草の吸い殻のDNAのみ。三浦は検察の証拠構造を検証する。

「漂白」目次


 

 証拠資料が入った段ボールを会議室へ運び込むと、三浦俊也はまず検察官の証明予定事実記載書に目を通した。

「証拠、これだけ?」読み終えると開口一番に言った。「増山さんの自白はさておき、物証は現場に落ちていた煙草の吸い殻のDNAのみ。浅見萌愛さんの衣類も、綿貫絵里香さんを殺害した凶器も、彼女が乗っていたはずの自転車もない。現場付近も増山さんのご自宅も徹底的に捜索して、それだけ大きな遺留品が見つかっていない。にもかかわらず、現場から煙草の吸い殻は発見された。不自然だ」

「よくそこまで気づいたね――それ見ただけで」

「二つの事件の報道を改めてチェックしてきた」司法修習生時代、同期で一、二を争うほど優秀だった三浦は当然のように答えた。「どちらの事件も被害者が殺されてから遺体が発見されるまで二十四時間も経過していない。警察は初動捜査で現場周辺の防犯カメラ映像を徹底的に調べたはず。なのに、増山さんが被害者のどちらかと一緒、あるいは一人で現場付近にいる映像すら証拠として示されていない。唯一あるのは現場からだいぶ離れたコンビニの映像だけで、被害者も同じ店で捉えられているが約二十分の時間差がある。おかしいよな」

 同意を求めるというより自分の考えを整理するように言った。

「――増山さん、車持ってた?」

「ううん。スクーターだけ」

「被害者の衣類や凶器ならスクーターでも運べる。でも自転車を積んで運ぶのは無理がある。自分で乗ったとしても、警察の捜索が及ばない場所まで運ぼうとすれば、途中目撃されたり、職質に遭う可能性も高い。増山さん、綿貫絵里香さんの事件で現場の引き当たりをさせられてるよな?」

「うん」

 被疑者が犯行現場で供述させられたり、犯行を再現させられたりするのを引き当たりという。検察官が公判で請求する予定の証拠リストには「実況見分調書及び引当捜査報告書」があった。

「犯行の態様はもちろん、捜査官は現地で凶器と自転車について確かめたはず。なのに増山さんからそれらの物証の発見に結びつく供述を引き出せなかった。たしか当時、増山さんは取調官の強制に負け、黙秘できず自分がやったと認めてしまい、取調官に誘導されるまま、その内容で供述調書も取られてたよな。にもかかわらず警察も検察も、増山さんから一番重要な凶器や自転車についての秘密の暴露を引き出すことはできなかった。つまり増山さんは無実だ――これを読んで確信した」

 三浦は証明予定事実記載書を指で叩いた。

「二件目の事件についての検察の証拠構造はこうだ。増山さんが絵里香さんを殺したという主要事実を増山さんの自白という直接証拠で立証する。見物人として増山さんが映っていた、絵里香さんが出場したソフトボールの試合の記録映像は、この直接証拠を補助する間接証拠。遺体発見現場に残されていた、増山さんのDNAが検出された煙草の吸い殻という物証はこの直接証拠を補助しつつ、それ自体も増山さんの犯人性を立証する役割を担う。これが主要な骨格で、他の証拠はこの骨格を補強するもの。増山さんの自白が強要による虚偽であるのはさておき、こっちはなかなか強固な構造を持っている――」

 志鶴はうなずいた。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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