◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第134回

白熱する法廷。検察寄りの裁判長・能城に対し、都築もまた一歩も退かない。
公判前整理手続はたんに公判の期日等を決めたり調整したりするだけの場ではない。刑事裁判において最も重要な証拠の採用を巡り検察側と弁護側との攻防は始まっている。能城のようにこれまで検察と一体化したような有罪判決を数多く書いてきた人間が裁判長なら、弁護人は裁判官とも闘わなくてはならない。
今日の期日に先立ち、弁護団の三人に手伝いの三浦を加えた四人で打合わせを持ち、シミュレーションもした。能城の明らかに検察寄りの訴訟指揮は志鶴には想定の範囲内だったが、身を乗り出し気味にやり取りを見守っている増山自身はどう感じているのだろう。
能城は表情を変えずに都築と志鶴を見下ろしたまましばらく沈黙していたが、口を開いた。「――裁判所は検察官の請求については却下しない」
世良が口の端を上げるのが見えた。
「――ならば不同意だ」都築が憤然と言った。「②コンビニの防犯カメラ映像。これも増山さんの犯人性を立証する自然的関連性を欠き証拠としての資格を持たない。裁判所に請求の却下を求める」
「裁判所は請求を却下しない」能城が言った。
「ならば不同意。③現場付近で被害者のあとをつけている増山さんを目撃したという第三者の供述調書。これは刑事訴訟法320条の伝聞証拠禁止の原則に抵触するので不同意。④増山さんの勤務先店長の供述調書。これも伝聞証拠禁止の原則に抵触するので不同意――」
「弁護人」能城がさえぎった。「何でもかんでも不同意にしておけという態度では、いたずらに公判で尋問すべき証人が増え、裁判を長期化させるおそれがあると注意する」
検察官が請求した書面や供述に被告人あるいは弁護人が同意すると同意書面となり、法廷に証拠として提示されることになる。しかし不同意とした場合、書面の供述者が公判期日で証人として尋問を受け、書面が真正に作成されたと証言することで証拠として採用される。
「何か問題でも?」
「わからないのか。職業的裁判官でない裁判員の負担が増す」
「寝ぼけたことを――増山さんは人生がかかってるんだぞ!」都築は増山を手で示した。「あんたら裁判官がほいほい勾留を認め、意地悪く接見禁止を解かないでいるからすでに五ヵ月近く不当に身柄を拘束され、たった一人の肉親であるお母さんにも会えずにいる。このうえまだ彼の人権を踏みにじるつもりか。それとも、人から公正公平な裁判を受ける権利を奪うのが職業的裁判官の仕事だとでも言うつもりか?」
能城の口の端が緩んだように見えた。
「⑤増山さんから押収したパソコンのウェブ履歴から作成した書証――」都築が証拠意見を再開する。「これは自然的関連性を欠くので裁判所に請求の却下を求める」
「裁判所は請求を却下しない」
「不同意です」志鶴はすかさず申し立てた。
「根拠は?」
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