◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第136回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第135回
第7章──焦点 15
緊迫の法廷で余裕の表情を浮かべる検察官たち。志鶴の両肩は怒りにこわばる。

「漂白」目次


 取調べ映像を裁判員に見せると、それは他の証拠よりも裁判員の判断に過大な影響を与え、その映像だけで被告人が犯人か否かを判断してしまう傾向がある。現実に即して単純化すれば、取調べで被疑者被告人が「自白」する場面さえ裁判員に見せることができれば、検察側が有罪心証を得るのはたやすいということだ。

 都築は裁判官を見渡した。

「控訴審のこの判決文は、被告人質問で自白の存在や概要が明らかになったとして、録音録画記録媒体の取調べの請求を却下した原審の決定に合理性があるという判断を下している。あんたらと同じ裁判官が書いた判決文だ」

 法廷に緊張をはらんだ沈黙が満ちた。じっと能城を見つめる増山の手が、手錠をかけられたまま祈るように組み合わされるのを志鶴は見た。

「弁護人の言葉にも一理あることは認めざるを得ない」能城が口を開いた。「取調べ録画映像を五時間以上も再生することは、裁判員にとって大きな負担になる可能性が高い。裁判員のために証拠の整理は必要だろう。検察官、請求する取調べ録画映像、もっと短くすることは可能か?」

「……噓、だろ」増山が愕然(がくぜん)とつぶやくのが聞こえた。

 世良が他の検察官二人と顔を見合わせてから、うなずいた。「可能だと思います、裁判長!」

「ではその方向で。裁判所は請求を認める。弁護人?」

「――不同意だ」都築が唸(うな)るように答えた。

 志鶴の両肩は怒りにこわばった。検察官たちの顔には余裕の表情が浮かんでいる。

「弁護人。どうした、続けなさい」能城が都築を促した。

 続く二つの証拠に対し都築は不同意とし、その次の証拠に対して請求の却下を求めたが裁判長に却下された。最後は⑥増山が十六年前、星栄中学校に侵入して逮捕された際の警察及び検察の記録。「悪性格の立証」として排除を求めたが裁判長に却下された。

「――以上」都築は自ら締めくくった。

「では、本日の公判前整理手続を終わります」能城が告げ、裁判官たちはそそくさと背後のドアへ消えていった。

「さすが都築先生、公判前整理手続でも迫真の雄弁、楽しませてもらいました」デスク上の書類を風呂敷包みにまとめながら、青葉が言った。「いやあ、ほんと素敵でした~」

「お前、何でそういう台詞(せりふ)、お世辞でも上司の俺には言わないわけ?」蟇目がからんだ。

「えーとそれ、ガチで答えていい質問ですか?」

 青葉に真顔で問われた蟇目は渋い顔で修習同期である田口の方を見た。

「聞いたか? ったく、今どきの若いやつは、社交辞令ってもんを知らねえから、かわいくないよなあ」

 ずっと沈黙を保っていた田口は鼻白んで蟇目の言葉を無視した。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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