◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第137回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第137回
第8章──追跡 01
会議室で志鶴は説く──増山が無罪であるストーリーを裁判員に示さなければ。

「漂白」目次


 

 第八章──追跡

 
     1

「やはり、真犯人が偽装工作を行い、増山(ますやま)さんに罪を着せたというストーリーで行くべきと考えます」

 都築賢造(つづきけんぞう)の事務所の会議室で、志鶴(しづる)は相弁護人である都築、田口司(たぐちつかさ)、そして協力を申し出てくれた元同僚である三浦俊也(みうらしゅんや)に向かって言った。三浦は、類型証拠のチェックのため勤務先に一週間の休暇を取ったあとも、こうして時間を捻出してくれていた。

「荒唐無稽、牽強付会(けんきょうふかい)、こじつけ──私が裁判員ならあきれるだろうな」田口の口調は冷ややかだ。「罪を逃れようとする悪党のために、ぬけぬけと白々しい噓(うそ)をつくこの弁護士もまともな人間じゃないと、心証は最悪だろう」

「検察官は、増山さんを有罪とするストーリーを打ち出し、それを立証する証拠を裁判所に請求しました」ホワイトボードの前に立って志鶴は続ける。「無罪推定の原則に従えば、そこに合理的な疑いの余地があることを示せばわれわれの仕事は終わり。でも現実は違う。増山さんのスマホはGPSの記録が有効になっておらず、二件の犯行があったと思われる時間帯にアリバイを証言してくれる人もいない。検察官の有罪ストーリーとは異なる無罪のストーリーを示して裁判員を納得させなければ、無罪を勝ち獲(と)ることはできません。その無罪ストーリーは増山さんにとって有利な証拠だけでなく、不利な証拠についても説明できるものでなければならない。現場で発見された被害者の血液及び増山さんの指紋とDNAが検出された煙草(タバコ)の吸い殻に反証するには、真犯人の存在を示すしかありません」

 類型証拠開示請求で、二人の被害者のLINE及びインスタブックアカウントの履歴を請求したが、開示された証拠にはどちらもなかった。浅見萌愛(あさみもあ)は志鶴が真犯人と信じるトキオという男とLINEでやり取りしていた。チャットの履歴があれば決定的な証拠になっていたはずだ。が、存在しない以上、他の手段でトキオに迫るしかない。

「どうやって──?」

「田口先生もごらんになっているはずですよ。二人目の被害者である綿貫絵里香(わたぬきえりか)さんが出場した、星栄(せいえい)中学校でのソフトボールの試合映像で。グラウンドの外で観戦する増山さんの後ろに停(と)まっていた白いネオエース。あの中にいたはずの人物こそ、二件の殺人事件の真犯人です」

「でたらめもいいところだ──私が裁判員ならそう考える」メタルフレームの眼鏡をかけた眉をひそめる。

「Xと呼ぶことにしましょうか。真犯人Xの存在を確認できるのはそこだけじゃない。まずこれ──検察官に開示を請求した防犯カメラ映像です」

 志鶴はパソコンで編集した動画を、ホワイトボードの横にあるテレビ画面に映し出した。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

佐々木裕一 『義士切腹 忠臣蔵の姫 阿久利』
一穂ミチ『スモールワールズ』