◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第138回

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第8章──追跡 02
真犯人Xをあぶり出す有力な目撃証言。志鶴はその追跡を開始する。

「漂白」目次


 増山、タクシー運転手、主婦。三人が見たのはいずれもトキオであり、彼のネオエースだったのだ──志鶴はそう確信していた。

「捜査線上に、白いネオエースとそれを運転するチョンマゲの男が浮かんでいたなら──」田口が言う。「警察はさらに周辺道路の防犯カメラ映像などで追跡することができたはず。そうしなかったのは、その人物が犯人ではないと判断したからでは?」

「彼にたどり着く前に、増山さんが捜査線上に浮かんだからと推測できます──それこそ真犯人の目論見(もくろみ)どおりに。でも、すべてがXの思惑どおりに運んだわけではない。彼の存在を示す決定的な証拠が絵里香さんの遺体の膣内(ちつない)残留物から検出された、彼女以外の人間──男性を示す、かつ増山さんのものではないDNAです」

「なるほど──真犯人が増山氏とは別に存在するという仮説はそれらの証拠と矛盾しない、とは言えそうだな」そこで口の端を歪(ゆが)めた。「もっとも、目の前に被告人である増山氏を見ても、裁判員たちがなおそう判断してくれるとは思えないが」

 あくまで志鶴の弁護方針を否定するスタンスを崩すつもりはないのだろう。だが手応えはあった。志鶴と都築、三浦の間で、検察官請求証拠や開示請求した類型証拠、増山の供述などを前提に、検察側のストーリーに対抗する弁護側のストーリーは構築できた。第一関門はクリアだ。

「よし」都築が口を開いた。「このケース・ストーリーで行こう。予定主張に向け完璧にすべく、証拠を固めるぞ」

 
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 類型証拠開示請求によって入手した目撃者の供述調書は、目撃者の住所と氏名の部分が黒くマスキングされていた。その部分について検察に開示を求めると、数日後、事件を担当する検察官の青葉薫(あおばかおる)から志鶴宛てに電話があった。

「ご本人の氏名や住所は個人情報ですので、検察の一存で開示することはできないんですよね。当該の二人に意思確認したところ、一人はオッケー、一人はNGという回答でした。なので、一人分だけメールします」

 明らかになったのはタクシー運転手の住所と氏名──沼田峯男(ぬまたみねお)──だった。志鶴は早速彼宛てに聴取を依頼する手紙を書いて投函した。二日後、志鶴の事務所に沼田から電話があった。

『もしもし、川村さん?』はきはきした口調だ。『手紙もらったよ。俺に話訊(き)きたいって?』

「もしお許しいただければ──」

『俺はべつにかまわねえけど、警察にも話したのに話してどうすんの?』

「お手紙でも書きましたが、私、増山さんの裁判を担当することになりまして、事情を知っている人にできるだけお話をうかがうようにしてるんです」

『ふうん。やっぱりあいつがやったの? 俺は最初、公園で見た男が怪しいと思ったんだよな。刑事たちも俺の話聞いたら目の色変えてたんだけど、蓋を開けてみたら逮捕されたのは増山だった。近所に住んでるから本人見かけたことあって、まともな人間には見えなかったし、かあちゃんに近所の評判聞いたら犯人でも不思議じゃねえってから納得したけどさ』

「──増山さんご本人は、無罪を主張しています」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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