◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第138回

真犯人Xをあぶり出す有力な目撃証言。志鶴はその追跡を開始する。
『あ、それで真犯人探してるわけ? 何かドラマみてえだなあ。そういや俺、刑事に訊かれたとき、話してないことがあったんだ。また話聞かせてもらうかもしれませんって言ってたから待ってたけど、連絡こねえから結局話さずじまいで。こっちもべつに警察に借りがあるわけでもないし。よかったらその話もする?』
「──ぜひお願いします!」
沼田の家は、増山の実家ともほど近い、足立区綾瀬の小さな公園に隣接した木造二階建てだった。
「ボロい家だろ。これでも俺が生まれてから一度建て替えてるんだぜ」ステテコ姿で志鶴と三浦を迎えると、沼田は言った。「俺は生まれたときからずっとここだから、裏の公園も庭みたいなもんでさ」
痩せた色黒の男で白髪を角刈りにしていた。子供たちは巣立って妻と二人暮らしだと問わず語りに語った。無口だがにこやかな妻は志鶴たちに冷えた麦茶を出すとまた台所へ下がった。
「今日は快く引き受けていただき、ありがとうございます」茶の間の座卓に座ると志鶴は改めて頭を下げた。「念のため、お話は録音させていただきます。よろしいですか?」
「うん、いいよ」
三浦が座卓に置いたICレコーダーで録音を開始した。
「煙草、喫う?」沼田が志鶴と三浦を見た。
志鶴と三浦は首を振る。
「そうか。うち、孫ができてから禁煙になっちまってさ。喫うなら外で――って、そうそう、あの日も、煙草喫いに公園行ったんだった」
「あの日というと──」
「見たんだろ、警察の記録? 八月二十三日じゃなかったか、たしか」
「よく覚えてますね」
「ジジイのくせにってか? はっはっは。俺は学はねえけどガキの頃から記憶力は自信あるんだよ。もう盆明けだからかれこれ一年か。夕方の六時くらいだったかな。非番の日の晩飯は六時半と決まってて、かあちゃんがその日のつまみは朝採れの枝豆と焼きナスだってから晩酌を楽しみにしてたんだ。日が長いからまだ明るかった。ベンチ座ってスマホで孫の写真やら動画やら観(み)ながら煙草喫ってたら、公園の前に車が停まった。白いネオエースだ。昔は職人の車ってイメージだったけど、最近じゃ改造を楽しむマニアも増えた。その車もそうだった。助手席の窓ごしに運転席の男が見えたけど、チョンマゲみたいな? そいつも今どきのチャラい感じの兄ちゃんだった。兄ちゃんたってそこそこいい年だと思うけどな。するとすぐ、女の子がその車に近づいてきた。中学生くらいのなかなかかわいらしい子だった。その子は運転席側に回ったんで見えなくなったが、運転席の兄ちゃんと窓ごしに話してるみたいだった。そのあと車が前に出て停まり、チョンマゲの兄ちゃんが助手席のドアを開けると女の子が車に乗り込んで、ネオエースは発車した」
供述調書に書かれた内容と一致する。
(つづく)
連載第139回
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