◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第139回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第139回
第8章──追跡 03
タクシー運転手には、警察の事情聴取で話していないことがあった──。

「漂白」目次


「記憶に残ってたのは、あの二人、どういう関係なんだろうな、って気になったからだ。親子くらいの年の差に見えたが、どうもそんな感じじゃない。女の子は初対面みたいな固さだった。何か訳ありの親子なのか、それとも──そのあと晩飯の席でかあちゃんに、あれ、ひょっとして援交ってやつだったりしてな、なんて酒の肴(さかな)にしてたんだ。そのときはそれきりだったが、しばらくして河川敷で女の子の死体が見つかったってニュースが流れて、テレビで顔写真を観て驚いた。公園で見たあの子じゃねえかって。その後刑事が聞き込みに来てその話したら、本当に間違いないですかって半信半疑だったけど、こっちはもう二十年もタクシー運転手やってて、一度見た客の顔は忘れない、まだもうろくしちゃいないって請け合った。今でも自信持って言える。最初に殺されたのは俺があの日公園で見たあの子に間違いない。それで警察で事情聴取っての? 改めて今までの話をした」

 沼田はそこで自分の麦茶を飲んだ。

「で、こっからだ。川村さんに電話でも言ったが、あのとき俺が警察に話しきれなかったことが一つあった。事情聴取で刑事たちは俺に、公園で見たネオエースのナンバーを覚えてるか訊いた。けど俺はそんとき、いやわかりませんって答えた。記憶力がいいっても、事故った相手でもない車のナンバーまでいちいち覚えちゃいねえ。けどじつは、数字までは気にしてなかったが、ネオエースのナンバーの漢字は見てた。刑事に言わなかったのは──恥ずかしい話、読み方を知らなかったからだ」

 沼田は苦笑いをした。

「ガキの頃から文字を読むのが得意じゃなくてさ。この年になっても漢字は苦手だ。おかしいだろ、すぐお隣の千葉県の地名だってのに。二十年もタクシー運転手やってるなんてその前にタンカ切っちゃったもんだから、なおさら言えなかった。あんたらみたいな弁護士先生にはわかんないだろうが、俺たちみたく学のない人間には、だからこその妙なプライドってか意地みたいなもんがあるんだよ。で、帰って調べた。チョンマゲの兄ちゃんが乗ってたネオエース──袖ヶ浦(そでがうら)ナンバーだった。たしか登場したときは、町名がそのままナンバーになったとかで珍しがられたやつだ」

 脳内に閃光(せんこう)が走った。生前の浅見萌愛の一番の親友だった後藤(ごとう)みくるが志鶴にだけ話した情報。萌愛はみくるに、トキオは「千葉から来た」と言ったと話した。その車のナンバーは、萌愛には「読めない漢字」だったとも。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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