◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第140回

志鶴は都築に「23条照会」を提案。さらなる証拠を求めて追跡はつづく。
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『大きな収穫だな、川村君』電話の向こうで都築が言った。
「沼田さんへの聴取はすぐ証拠化します」志鶴は事務所へ戻ってパソコンの前に座っていた。「それと、23条照会をかけようと思うんですが」
『23条──?』
「沼田さんの話を聞いてひらめきました。Xのネオエースはカスタマイズされている。ネオエースにはカスタムの愛好者が多く、ネオエース専門のカスタムショップも全国に多数あるようです」志鶴はウェブの検索結果を見ながら言った。「その上部組織と思われる自動車の修理・整備・鈑金(ばんきん)などに関する業界団体も、一般社団法人日本自動車整備振興会連合会をはじめ複数ある。カスタマイズした袖ヶ浦ナンバーの白いネオエースがないか照会をかけ、車の持ち主の特定を求めようと思います」
弁護士は受任している事件について、役所など公私の団体に照会をかけるよう所属する弁護士会に要求できると弁護士法23条に定められている。弁護士会は申出に基づいて相手先へ照会をかける。これが23条照会だ。弁護士会が照会の主体となるため、弁護士個人による照会よりも回答を得やすい。
『公務所等照会と違ってあの裁判長の横槍(よこやり)も入らない。ベストな選択だ』
裁判所を通じての公務所等照会でも同様の調査は可能だが、必要性がないとして裁判官に却下されるおそれもある。弁護士会の審査はそれより緩いし、23条照会の回答内容は証拠調べを請求する前なら弁護士限りでとどめておくことができる。
「ソフトボールの試合映像に映った車体の映像・画像の添付も考えましたが、証拠の取り扱いがあとで問題になるかもしれないのでやめることにしました」
『賛成だ。こちらの目的も知られないに越したことはない』
「早速手配かけます」
沼田への聴取の証拠化は三浦に任せてある。志鶴は照会をかける作業に入った。
翌日。
北千住駅に降り立った志鶴と三浦は、住宅地図を片手に住宅地で聞き込みを始めた。綿貫絵里香の事件で二月二十日にトキオとネオエースを目撃したと思われる主婦を探し当てたのは、二十三軒目だった。
低層の木造家屋が建ち並ぶ一角。周囲に防犯カメラは見当たらず、夕方になれば暗くなりそうな一方通行路に面した二階建ての家は灰色のサイディングがまだ新しく見え、国産のファミリーカーが停まる駐車スペースの横に並んだプランターの花はきれいに手入れされていた。表札には「平野」姓の三人の名が記されている。男性一人と女性二人のものと思われた。
玄関チャイムを鳴らすとインターホンから『はい?』と返事があった。身分を告げ、増山の裁判を担当するので事情を知っている人に話を聞かせてもらっていると切り出すと、ドアが開いて中年女性が顔を覗(のぞ)かせた。
Tシャツにだぼっとしたジーンズ、髪の毛をひっつめにして黒縁の大きな眼鏡をかけた、化粧っ気のない女性だ。ドアを半開きにしたまま、志鶴と三浦を不審そうに見る。
「何の用ですか……?」ぼそっと言った。
志鶴はインターホンごしにしたのと同じ説明をくり返した。
「二月に、この辺りで、白い車が走り去るのを見たという方を探しています」
彼女は志鶴をあからさまにじろじろ眺めた。「もしかして、検察官に連絡した弁護士さん……?」
「そうです」
「連絡先教えないようにお願いしたんですけど」
「そのような回答でしたので、自分で探そうと朝からご近所を聞いて回っています」
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