◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第142回

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第8章──追跡 06
4回目の公判前整理手続期日。都築は裁判長の能代と火花を散らす。

「漂白」目次


「検察官が主張する間接事実について、どの点をどのように争う?」

 公判前整理手続は公判の日程など審理計画を決めるために行う。あくまで公判の準備をする場で、公判中心主義という原則に従えば、裁判官がこの段階で心証を形成するようなことがあってはならない。

 だがとくに裁判員裁判では、裁判員の負担を軽減するためとして公判の日程を少しでも短くするべく、証拠や証人を減らそうとする裁判官もいる。彼らはそのため「争点の整理」を弁護人や検察官に求める。

 能城が弁護側に、検察官が主張する間接事実についてそれぞれどう争うか訊いているのは、検察側と弁護側の主張の対立点をすべて並べ出すことで「争点の絞り込み」を図るためだ。だが、すでに検察側が請求する証拠への意見を述べた弁護側に、公判に先立って手の内を明かすメリットはない。さらに、公判前整理手続でした主張と公判での主張が変化した場合、検察側に矛盾を糾弾されるリスクもある。

「公判期日で弁護人は、起訴状や冒頭陳述での検察官の主張に対し認否を明らかにする義務を負っていない。公判前整理手続でも検察官が主張する間接事実のそれぞれについて認否を明らかにする必要はないと考えられる。したがって、間接事実については争うとだけ表明すればよく、どう争うかまでこの場で答える義務はないと考える」

「検察官の証明予定事実記載書面に記載してある、その余の検察官主張事実についての認否は?」

「そちらも同様。争う──が、どう争うかまで述べる義務はない」

 能城が無言のまま都築を見、数秒経(た)って口を開いた。

「刑事訴訟法316条の17によれば、被告人又は弁護人は、検察官の証明予定事実書面の送付を受け、かつ、類型証拠開示請求に基づき開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。弁護人はすでに検察官の証明予定事実書面の送付を受け、かつ、類型証拠開示請求に基づき証拠の開示を受けた。相違ないな?」

「さよう。しかし裁判長、そもそも刑事事件の立証責任があるのは検察側。弁護側に自己の主張を明らかにする義務はないというのが私の立場だ」

「であればなぜ刑訴法は被告人側に予定主張を明示する義務を負わせている? 主張明示義務の他にも、証拠の請求義務や請求証拠の開示義務も定められている。原則的に立証責任を負わない被告人側にそうした義務が負わされている理由は一つ──公判前整理手続の目的である争点及び証拠の整理のためには、検察官のみならず被告人側からも主張が明確にされる必要があるからだ。理解していないようなので、主張明示義務について定めた316条の17の一部をまた引用する──"その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない"。弁護人は検察官が主張する間接事実に対して認否を明らかにする義務、どう争うか述べる義務を負う」

「裁判長」都築に先んじて志鶴が口を開いた。「疑問なんですが、そもそも公判前整理手続で裁判長のおっしゃる『争点及び証拠の整理』ってそんなに大事なんでしょうか」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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