◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第144回

あのネオエースの所有者は──。真犯人の存在に志鶴の手は届くのか?
5
「いやあ、ちょっとこれだけだとわかんないですね」
ソフトボールの試合映像に映っていた白いネオエースをプリントした画像を見て、青いデニムの作業着姿の店長が首を振った。
都内にある、ネオエース専門のカスタムショップ。ウェブで見つけた店の一つだ。電話でアポを取ったうえで志鶴は一人で話を聞きに訪れていた。
「ショップオリジナルのパーツを使ってるとか、そういうのでもなさそうだし……」
三十代半ばくらいだろうか。髪を明るくカラーリングして髭を生やした富岡(とみおか)という店長は、事務所の応接テーブルに置いたプリントを腕組みしてためつすがめつしていたが、「ごめんなさい、わかりません」と言った。
「いえ。お忙しい中、お時間割いていただき恐縮です」落胆を隠して答える。
「何でこの車探してるんですか?」
「すみません。守秘義務でお答えできないんです」
「弁護士さんも大変だ。あとは、インスタブックとか写真系SNSのハッシュタグを根気よく探してみるとかかなあ」
「ハッシュタグ?」
「ええ。『#ネオエースカスタム』とか。けっこうアップしてる人、多いですよ。あ、もし何だったら、時間あるとき探してみましょっか? ボディのこの部分だけ見るとそこまで個性的なカスタマイズじゃないから、絞り込みは難しいかもだけど」
素人の自分で探すよりプロに見てもらう方が確かだろう。「でも──いいんですか?」
「うちも店のアカウントあるんで、その更新作業するときついでに。時間かかっちゃうかもだけど」
「お願いできると助かります。謝礼は──」ポケットマネーから出すつもりだった。
「だったら──もしうちが何かトラブったとき、川村先生が二時間ほど無料相談に乗ってくれるとかってどうです? 前にちょっとアレな弁護士さんに当たって、ひどい目に遭ったことがあって。もし今度何かあったら、川村先生みたいに熱心な弁護士さんにお願いできたらなって」
断る理由はなかった。
三ヵ月以上経つが、23条照会に返答はなかった。回答する法的義務もなく報奨金などもないので団体や団体の会員にしてみれば答えるインセンティブがないばかりか、顧客の個人情報をさらすデメリットすらある。それでも一縷(いちる)の望みをかけていたが、やはり難しかったのだろう。だからこそ検察に追加捜査を要請したのに──思い出すとまた腹が立ってくる。
ウェブで画像をアップして公開捜査することも考えた。が、ネオエースの所有者本人──トキオ──に知られた場合、証拠隠滅などが図られるおそれがあった。
- 1
- 2