◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第145回

裁判で証言してもらえないかな──志鶴が後藤みくるに相談すると……。
「──ごめんね、出てきてもらっちゃって」
店に入ってきた後藤みくるを、志鶴は立ち上がって迎えた。
彼女の家に近い北千住辺りで会うか打診したが、「近すぎる」からと上野を指定したのはみくるだった。志鶴と会っているのを地元の友達に見られたくないのだろう。自分と会って話していることを、彼女は友人にも家族にも話していない。
制服姿の彼女を座らせ、メニューを開いて差し出した。「ここ、タルトが美味(おい)しいらしいよ」
「……相談、って何?」みくるはメニューを見ずに言った。
表情に乏しい子だが志鶴を警戒しているのはわかった。志鶴の妹の杏(あん)と同じ中学三年生。大人のことが一番信用できない年頃だ。
「みくるちゃんの話を聞いてから、トキオを見つけ出そうとできる限り手を打った」守秘義務違反覚悟で、沼田と平野への聴取、23条照会、カスタムショップでの聞き込みについて語った。「検察官──警察官の仲間みたいな人たち──に、萌愛さんのLINEやインスタブックの履歴を調べるよう頼んだけど断られた。袖ヶ浦ナンバーの白いネオエースを探すよう頼んだけどこっちも断られた」
アレルギー体質らしいみくるは何度か鼻をくすんと鳴らしただけで何も言わなかったが、真剣に耳を傾けているようだった。
「このままだと、トキオを見つけられないまま裁判が始まる」
「……で?」
「私はトキオが萌愛さんと、もう一人の被害者である絵里香さんを殺した真犯人だと思ってる。でもこのまま行けば、トキオの代わりに増山さんが裁判で犯人にされてしまうかもしれない」
みくるは軽く口を開いたまま黙って志鶴を見ていた。
「みくるちゃん──裁判でトキオのこと証言してもらえないかな」
みくるは脱力したように肩を落とした。「約束したじゃん。萌愛のこと誰にも言わないって」
「汚い大人と思われてるのはわかってる。萌愛さんのためにも──って言ったら噓になる。私の勝手なお願い──聞いてもらえないかな」
どうせ彼女の信頼を裏切ることになる。だからといって騙(だま)したりすかしたりせず、真正面からぶつかっていく。そう決めていた。
「……ははっ」うつろな目で乾いた笑いを漏らした。「そっか……大人ってみんなおんなじじゃん。わかった」
「わかった、って──」
「川村さん? のこと。うちの周りにいないような大人かなって思ったけど……ごめん、うち、ムリ……帰るね」
みくるは席を立った。
「みくるちゃん──」志鶴は両脚に活を入れ立ち上がった。
みくるが振り向いた。目線は志鶴の胸の辺りに向けられていた。
「電車賃──」志鶴は用意していた千円札を差し出した。「受け取って」
みくるは千円札をしばらく見ていたが、「もらっとく」と手に取ると、志鶴に背を向けた。痩せた猫背の後ろ姿が店を出て行くのを見送って──志鶴はどっかりと椅子に腰を下ろし、両手に額を埋(うず)めた。
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