◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第145回

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第8章──追跡 09
裁判で証言してもらえないかな──志鶴が後藤みくるに相談すると……。

 
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「本日は検察側による、弁護側の取調べ請求証拠に対する証拠意見、及び、裁判所による証拠採否の決定を予定している」

 裁判長の能城が言った。

 東京地裁刑事部の会議室。第五回公判前整理手続期日だ。

「が──その前に、裁判所から弁護側に予定主張に対する求釈明をしたい。前回弁護側は、検察官が証明を予定する事実についての認否を明らかにすることがなかったばかりか、被告人の他に真犯人が存在すると主張して取調べ証拠を請求した。裁判所としては、弁護人の主張及び証拠請求はポイントが絞り込まれておらず、争点が不必要に拡散するおそれがあると考える。充実した審理の実現を目標とし、訴訟指揮権に基づいて証拠の自然的関連性、証拠調べの必要性について釈明を求める」

 弁護側の主張をすんなり通すつもりはないということだ。

「裁判長」志鶴は口を開いた。「それは、証拠の推認力についてこの場で評価するという意味でしょうか」

「弁護側の釈明を聞いたうえで、裁判所の暫定的な考え方を示すということはあろうかと思う」能城はまっすぐ前の中空を見たまま答えた。

「その『暫定的な考え方』を形成すること自体、公判の前に先入的心証を抱くことにならないでしょうか。だとすればそれは裁判所の中立性・公平性を損ねるものと考えます」

「求釈明に応じるつもりはない、ということでよろしいか」

 志鶴は都築を見た。都築がうなずく。

 志鶴は「はい」と答えた。

「であれば、裁判所としては、弁護側に主張の再検討を促したい」

「相談させてください」

 志鶴は席を立たず、また都築に目をやった。都築がうなずく。田口に目を向ける。公判前整理手続期日ではほぼ発言をしていない田口も、しぶしぶといった様子でうなずいた。

「検討を加えた結果、弁護側は主張を維持します」

「主張を撤回するつもりはないと?」

「ありません」

「検察官。弁護側取調べ請求証拠に対する証拠意見を」

「はい」世良が答えた。「まず、勾留理由開示期日の調書については不同意とします。弁護人が被告人を聴取して作成した供述調書及びその様子を撮影した映像記録媒体についても不同意──」

 二人の専門家による鑑定書も不同意とした。鑑定書がそのまま証拠として出されることはなくなった。裁判官によって証拠が却下されなければ法廷で証人尋問が行われる。

「目撃証言のうち、平野君恵氏の供述調書については不同意。沼田峯男氏の供述調書については、自然的関連性──証拠としての証明力を欠いており、証拠として採用されるのは適正でないと考えます」

「弁護人、釈明は?」

「はい」志鶴が答える。「弁護側は、増山さんの他に真犯人がいることを立証しようとしています。沼田峯男氏の証言はその蓋然性を高めるもの。自然的関連性は十分にあると考えます」

「裁判所の意見は後に。検察官、続けるように」

(つづく)
連載第146回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

「推してけ! 推してけ!」第8回 ◆『超短編! 大どんでん返し』(小学館文庫編集部・編)
真藤順丈『われらの世紀 真藤順丈作品集』