◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第150回

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第9章──茶番 04
志鶴の証人尋問のあと、酒井夏希には検察官から執拗な反対尋問が……。

「漂白」目次


「はい──」酒井が法壇を見た。「普通なら信じられなかったと思います。でも私は沙羅──星野さんの言ったことを信じました。栗原さんは星野さんに怖いくらい執着していたし、怒るとすぐ暴力を振るうような人だとひと月前の事件で思い知ったので」

 十和田は異議を唱えたくてじりじりしていそうだった。栗原未央はものすごい目で酒井をにらみつけていた。

「尋問を終わります」志鶴は言った。

 代わって十和田が反対尋問に立つ。

「あなたが先ほど証言した、キャバクラ店で起きたという事件についてお訊ねします。事件が起きたとおっしゃる日付をもう一度教えてもらえますか?」

 酒井は同じ日付を答えた。

「なるほど。今日は何年何月何日かわかりますか?」

 酒井は答えた。

「つまり──あなたがおっしゃる事件が起きた日というのは、今から約一年半も前になるわけですね」十和田はそこで間を置いた。「あなたはその事件というものが起きた時刻についても証言されていました。もう一度時刻を教えてもらえますか?」

「だいたい午後十一時頃でした」

「あなたは何時から出勤していたとおっしゃいましたか?」

「店がオープンした午後八時からです」

「午後八時から。つまり、事件が起きたという午後十一時まで接客に当たっていたわけですね」

「えーと……お客さんについていない時間が三十分くらいあったと思います」

「ではその分を差し引いて、約二時間半は接客に当たっていた?」

「……はい」

「あなたの仕事について教えてください。あなたが勤務するキャバクラ店で、女性従業員の仕事は接客に当たることですね」

「はい」

「接客の際、客に酒類を提供しますか」

「はい」

「そのとき、客だけでなくあなたも酒類を飲んでいる。違いますか?」

「飲みます」

「あなたが事件が起きたと言った日も、あなたも客と共に酒を飲んでいた。そうですね」

「……はい。あ、でも酔うほどじゃ──」

「質問を変えます」十和田がさえぎった。「事件が起きたとあなたがおっしゃった日、あなたの職場であるキャバクラ店に出勤していた同僚の女性は何人ですか?」

「それは──時間によって違います」

「事件が起きた、とあなたが主張する午後十一時頃は?」

「えーと──七人です。でした」

「全員の名前を言えますか?」

「私・酒井夏希と星野沙羅さん、小川唯(おがわゆい)さん──」酒井は七名の氏名を遺漏なく答えた。志鶴が彼女の供述調書を作成する際に確認し、今日のためのリハーサルでもおさらいしていた。

 失点のはずだが十和田は表情に出さなかった。

「あなたは現在も当時と同じ職場で働いていますか?」

「はい」

「一週間前──十二月十七日は出勤しましたか?」

「あー……」酒井は上を向いた。「はい。出勤しました」

「そのとき出勤していた同僚女性をすべて答えられますか?」

「異議があります」志鶴は立ち上がった。「検察官の今の質問は刑訴規則199条の3第1項に反する、関連性のない質問です」

「証人の記憶力を確認するための質問です」十和田が言った。「関連性はあります」

「異議を棄却します」寺越が言った。「証人は答えてください」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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