◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第151回

検察の反対尋問は想定の範囲内だった。志鶴は再び尋問をつづけるが……。
「わかりました。職場でのお酒についてお訊ねします。あなたは普段、接客の際、自分もお酒を飲んでいますか?」
「はい」
「その量というのは、日によって多かったり少なかったりするものでしょうか」
「いえ。だいたい同じような量です──ていうか、上限が決まってます」
「上限が決まっている? どういう意味か説明してもらえますか」
「はい。私たちは、接客についたお客さんが私たちにドリンクを注文してくれると、一杯ごとにドリンクバックっていう歩合給をもらえます。だからたくさんドリンクを注文してもらう方がいいんですが、飲み過ぎると酔っぱらっちゃいますよね。なので女の子ごとに自分のお酒の上限を決めて、ボーイさんに調整してもらうようにしてるんです」
「ボーイさん? それはどういう人たちか教えてもらえますか」
「あ、お店の男性スタッフです。私たち女性スタッフのサポートをしてくれます」
「酒井さんたち女性スタッフのドリンクを作るのは誰ですか?」
「お客さんのお酒は私たちが作りますが、私たちのお酒を作るのは今言ったお店のボーイさんです。お客さんには見えないところで作っているので、お客さんは私たちが飲んでいるお酒の濃さはわかりません。私たちにガンガン飲ませて酔っぱらわせようとする人もいるので、そういう風にしています」
「それぞれの女性によって上限が決まっているとおっしゃいました。酒井さんの上限は?」
「私はいつもレゲパン──レゲエパンチっていうカクテルを飲んでるんですが、これに使うピーチリキュールを四杯分、百二十ccまでに決めています」
「なぜその量に決めているのですか?」
「その量ならほとんど酔わないからです」
「酒井さんがレゲエパンチを飲むのは、一勤務につき四杯までということでしょうか」
「違います。四杯以上飲むことの方が多いので、一杯分を薄めに作ってもらっています。ボーイさんはあらかじめ、ピーチリキュールを百二十cc取り分けて私専用のボトルに入れて、私のドリンクはそこから作ります」
「なるほど。酒井さん用に取り分けた百二十ccのピーチリキュールがなくなったら、どうなるんでしょう?」
「そのときは、アルコールなしのウーロン茶だけを出してもらうようになります。お客さんには内緒ですが」
酒井の答えを志鶴は知っていた。検察側の反対尋問はすべて想定の範囲内。再主尋問に備えてリハーサルの際、酒井に訊いておいたのだ。
「仕事をしていて、記憶があやふやになるほど酔うことはありますか?」
「ありません」きっぱり言い切った。「それじゃプロ失格です」
志鶴はうなずいた。
「次に、栗原学さんが星野沙羅さんの部屋で転倒して意識を失った日のことをうかがいます」少し間を取った。「星野さんから電話で連絡を受けた際、事情を聞いた酒井さんは救急車を呼ぶよう星野さんに助言をした。なぜそう助言したのですか?」