◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第154回

母親の実家にいる妹の杏から、志鶴に思いがけない相談が舞い込み──。
「……はは」がらんとした事務所で力ない声が出た。
笑えない文章だ。まったく笑えない。
以前も抱いた疑問が浮かんだ。これを書いているのはどういう人物なのだろう。このサイトを教えてくれた三浦俊也(みうらしゅんや)によれば「マエストロ」はロースクールに通ったこともある人物らしいが、プロフィールの記載はない。三浦は記事のどこかでそう判断したのだろう。同一人物が書いているなら志鶴は公判で何度も傍聴席にいるのを見ていたはず。だがそこまで注意は回らないし記憶にない。
スマホが鳴った。LINEにメッセージ。目を疑う。母親の実家にいる妹の杏からだった。『しづちゃん、久しぶり。今話せる?』。急いで指を走らせ「話せるよ!」と返した。すぐ通話に着信。
「もしもし」
『しづちゃん……』
電話ごしとはいえ声を聞くのは何ヵ月ぶりだろう。胸が熱くなった。「杏──」
『ごめんね、LINE既読スルーして。スマホ、お母さんにチェックされてて……まだしづちゃんに怒ってる』
「あの人らしいね」。苦笑する。母親の久美子は普段はおっとりしているが、こうと決めたら頑固なところがあった。「けど、杏は……?」
『怒ってない。しづちゃんに会いたい』
目を閉じる。込み上げてくるものがあった。「しづちゃんもだよ。元気でやってた?」
『うん。でもちょっと悩んでることがあって……しづちゃんに相談したくて電話した』
「悩んでることって……もしかしていじめ?」
『うん』
「ごめんね、杏!」胸が詰まった。「私のせいで──」
『あ、違うよ。あたしじゃない──じゃなくて、友達が』
志鶴は息をついた。
『あたしがしづちゃんのことでクラスで男子にからかわれてたとき、かばってくれた子なんだ──』
ネパール国籍のソフィアという女子だという。杏の話によれば、ソフィアは杏をからかっていた男子の一人から好意を寄せられ、告白されたが断った。男子はあきらめず学校の外でまで彼女にしつこくつきまとうようになったが、ソフィアの気持ちは変わらなかった。すると男子の母親が学校の教師に、自分の息子がソフィアにいじめられていると訴え出た。完全な言いがかりだ。
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