◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第156回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第156回
第10章──審理 02
キャスターは被害者遺族に問う。もし増山被告が無罪を主張したら──?

「漂白」目次


 事件についての報道をまとめた映像が流れた。

『この事件で最初の犠牲者となった浅見萌愛さんのお母様が、浅見奈那さんです。一人娘の萌愛さんをあのような形で奪われてまだお辛(つら)いと思いますが、今日はようこそおいでくださいました』

 浅見は身を固くしたまま小さくうなずいた。

『本当はね、出たくないって泣いてたんですよ』永江がしゃしゃり出た。『そりゃそうでしょ。さらし者になんかなりたくない。けど僕が説得したの。このままだと殺され損になっちゃうよ! って。あの増山って男、いったん自白したのに弁護士ついたら図々しく無罪を言い張るようになったでしょ。示談金も寄越(よこ)さないし、裁判でも無罪を主張してのらりくらりと逃げるつもりかもしれない。そんな非道を通さないためにも、奈那さんは堂々とテレビで訴えなきゃ駄目だ! って。だよね?』

 永江が水を向けると、浅見が涙目になった。キャスターが素早く引き取る。

『ご紹介が遅れてしまいましたが、永江さんは浅見奈那さんの被害者参加弁護士です』

『あ、失敬』永江が手を後頭部に当て、にやにやした。『段取り、忘れちゃってた』

 番組は録画しているが、志鶴は手元のリーガルパッドに永江の発言のメモを取った。

『そして天宮さんは、二人目の犠牲者である綿貫絵里香さんご遺族の被害者参加弁護士を務めていらっしゃいます。永江さんがおっしゃったように、この事件で、一度は綿貫絵里香さんに対する殺人の罪を認めた増山被告は、その後黙秘から、勾留理由開示公判では無罪主張に転じています。天宮さん、この番組の放映日の四日後、いよいよ公判が始まるわけですが、増山被告が無罪を主張する可能性は?』

『高いと考えます』天宮が答えた。

『この事件では、犯行現場から被告のDNAという決定的な証拠も見つかっていますよね? なぜそう思われるのでしょう』

『通常であれば、情状酌量を求めて罪を軽くしようとするのがセオリーと思われるケースです。が、弁護団にそのような動きはなさそうに思えます』

 守秘義務もあってか言葉を濁している。綿貫絵里香の遺族に雇われた直後、天宮は電話で志鶴に宣戦布告し、永江とは対照的に、裕福な自分のクライアントは示談交渉に一切応じるつもりはないと情状を訴える道を潰してきた。志鶴が反応しなかったのでそう判断したのだろう。

『犯人が犯人なら、弁護士も弁護士だよね』永江が割って入る。『菓子折り持って被害者に土下座してでも示談金を受け取ってもらおうとするのがまともな弁護士の務めでしょうが』

 恨みがましい永江をキャスターは無視した。

『増山被告の弁護団には、これまで何回も無罪を勝ち獲(と)った、業界では著名な都築賢造(つづきけんぞう)弁護士がいます。天宮さん、このことについてはどうお考えですか?』

『彼の存在も、無罪主張の可能性が高い理由の一つです』

『浅見さんにお訊(たず)ねします』キャスターが顔を向けた。『もし増山被告が公判でも無罪を主張したら、どんなお気持ちになるでしょう?』

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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◎編集者コラム◎ 『海が見える家 逆風』はらだみずき