◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第157回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第157回
第10章──審理 03
弁護人として番組に抗議しなければ。志鶴は都築に連絡するが……。

「漂白」目次


『……ありがとうございます』キャスターが沈痛な面持ちで声をかけた。『天宮さん。四日後に初公判を控える裁判について、弁護士でありフェミニストでもあるお立場からご意見を』

『はい。報道によれば増山被告はジュニアアイドルのDVDを多数所持している。おおむね十五歳以下の低年齢の女子が、大人と同じように水着など露出の多い恰好(かっこう)をしてイメージビデオを撮影したものです。すでに児童ポルノとして法律で禁止されている国もあります』

『それはつまり──十五歳以下の女子を、性的に消費しているということですか?』おぞましげに眉間に皺(しわ)を寄せた。

『そうです。性行為の同意能力があるとする性的同意年齢は日本では十三歳以上。でも諸外国では十六歳以上がほとんどです。この前の刑法改正で引き上げようという動きもありましたが変えることはできませんでした。性的主体性を持ち得ない未熟な少女を男性が性的に搾取することが法的に堂々と認められてしまっているのがこの日本社会です。もし増山被告が犯人なら、二件のいたましい連続殺人事件は性差別的な日本社会が生んだ女性へのヘイトクライムです。そして、量刑判断的には極刑もありうるこの事件の裁判でもし軽い判決が出てしまえば──間違いなくこの国の女性蔑視・女性ヘイトは許されるものだという強烈なメッセージとして働くでしょう』

『それは、被害者のご遺族の弁護士という立場からのご意見でもありますか?』

『違います』きっぱり否定した。『この国の司法に関わる専門家であり、一人の女性としての客観的な意見です。視聴者の皆さんには、ぜひそうした意識を持って四日後から始まる公判を見守っていただきたいと思います』

『われわれメディアもしっかり監視します。犯行を認める自供を翻して無罪主張に転じた被告と著名な刑事弁護士。裁判官や裁判員は正しい判決を下せるのか。この国の女性差別的な司法を変えていくためにも見逃せない裁判になると思います。視聴者の皆さんもぜひ注視して、正義のために声をあげてください。"#(ハッシュタグ)女性へのヘイト判決を許さない"とつけてツイートしていただければ、番組公式アカウントでチェックします。天宮さん、浅見さん、永江さん、ありがとうございました──』

 ペンを走らせる志鶴の手は止まらなかった。「池袋暴走事故」と報道される事故の公判で、検察側は法定刑の上限を求刑した。被害者遺族が加害者男性へ厳罰を求める三十九万筆を超える署名を集めたり、マスメディアでたびたび被害者感情を訴えた影響を指摘する法曹関係者も少なくない。報道は「法の支配」をたやすく脅かす。裁判官や検察官でさえ動かす力を持つ。あの番組を真に受けた人間が裁判員になれば、喜んで増山を有罪にするだろう。弁護人として抗議しなければ。竹中の電話を受けた直後、この番組については都築にも知らせてあった。相談するためスマホをつかんだ。呼出し音が途切れて通話状態になり、「もしもし──」と切り出すと『川村(かわむら)さん?』と都築ではなく女性の声で返ってきた。

『都築の妻です』彼女には何度か会ったことがあった。

「あ、こんばんは──ご無沙汰しています」いやな予感がした。「都築先生は?」

『それが──』

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『テムズ川の娘』ダイアン・セッターフィールド 訳/高橋尚子
◎編集者コラム◎ 『羊の頭』アンドレアス・フェーア 訳/酒寄進一