◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第15回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第15回
第一章──自白 10
被疑者の言葉をどこまで信じてよいものか──志鶴は注意深く接見をつづける。


 志鶴の質問に、増山は眉を下げた。趣旨が呑み込めていないようだ。

「増山さんは、死体遺棄事件の犯人ではない。そうおっしゃいましたよね?」

 志鶴の言葉に、彼はうなずいた。

「増山さん、声に出して言ってください。あなたがこれからどうしたいかを」

 増山は息を吸った。

「帰りたい。家に」

 その言葉には切実さがこもっているように感じられた。

「増山さんは、これからご自分の身に何が起こるのか、よくわからなくて心配されていると思います。まず、それを簡単に説明します。そのうえで、今後、増山さんがどうするべきか、アドバイスさせてください。いいですか?」

 途方に暮れたような顔だが、うなずいた。

「まず、増山さんは、綿貫絵里香さんの遺体を捨てた、死体遺棄の犯罪の疑いのある人として、警察から取調べを受けます。増山さんが今置かれている立場にあるような人のことを、法律用語で、被疑者、と呼びます。たとえ増山さんが本当には犯行を犯していなくても、一度認めてしまったので、警察は増山さんを逮捕しました。こうなると、簡単には解放してもらえません」

 志鶴は注意してゆっくりと話す。

「一度逮捕されたら、少なくとも二十三日間は身柄が拘束されると考えてください。増山さん、検察官っておわかりになりますか? 警察官ではなく、けんさつかん」

 彼が眉をひそめる。

「聞いたことはあるけど……」

「警察官は、犯罪を犯した疑いのある人を捕まえるのが仕事です。逮捕された人のほとんどは、裁判にかけられて罪を問われ、有罪なら罰を科せられる。逮捕された人を調べて、裁判にかけるべきかどうかを決めるのは、警察官ではなく、検察官の仕事です。ですから、増山さんは、これから、警察の人だけでなく、検察官からも取調べを受けることになります」

 ごくり、と唾を飲むのが見えた。昨日と今日、二日間の、警察官による取調べだけで充分に疲弊しているに違いない。

「逮捕されてから三日以内に、検察官が増山さんの取調べを始めます。検察官は取調べのため、裁判所に増山さんの身柄を勾留するよう請求します。勾留が認められる期間は最大二十日間。この間、検察官や警察官からの取調べが続きます。取調べの結果、検察官が増山さんを裁判にかけるべきと判断したら、増山さんは起訴されることになります。起訴されると、保釈と言って勾留を解除してもらうよう申し出ることができるようになりますが、増山さんが罪を問われているような事件では、認められるのは難しいでしょう。つまり、取調べが終わってからも、裁判が終わるまで、身柄が拘束されたままでいる可能性が高いです」

 ここで、安心させるために甘い見通しを述べても彼の助けになることはない。シビアに事実を告げた。

 彼が息を吸った。顔が青ざめている。志鶴を見た。また視線が結び合う。空気を求めてあえいでいるように見える目だ、と思った。

「……俺、どうしたら?」

「長く苦しい闘いになる、ということをまず認識してください。その覚悟がないと、絶対に勝てません」

「……マジかよ」こめかみから汗が滴り落ちる。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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