◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第160回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第160回
第10章──審理 06
被告人は証言台に──。能代の言葉で増山は法廷内の視線を一身に浴びる。

 しばらくすると法壇の背後のドアがふたたび開き、廷吏に案内されて六人の裁判員と三人の補充裁判員が現れた。裁判官とは異なりカジュアルな服装だ。ゆるい弧を描く法壇の中心に裁判官、裁判員が三人ずつその左右に配された裁判員席に座った。補充裁判員はその斜め後ろ、二人と一人で左右に分かれた。初めて法壇の上から法廷を見下ろす彼らも戸惑っているように見えた。

 志鶴と田口、そして増山が立ち上がり、裁判員に一礼した。裁判員たちの何人かが増山を凝視する。裁判員と補充員すべてが着席してから志鶴たちも腰を下ろした。法廷にいる間は常にこうするよう増山に伝えてあった。裁判員は敵ではない。増山の命運を左右する重要な人たちだ。礼を失してはならない。

 全員がそろった。

「開廷します」能城が沈黙を破った。「被告人は証言台に」

 増山が志鶴を見た。志鶴はうなずく。増山が立ち上がった。法廷内のすべての視線が一身に集中する。増山の視線は定まらずスリッパの足取りはおぼつかなかった。証言台の前にたどり着くと、打ち揚げられた魚のようにあえいでいる。無実なのだから法廷では堂々とするよう志鶴は助言し、増山は受け入れた。が、今の彼は、いじめっ子たちの前で怯(おび)える小学生のようにも見えた。証言台に立ったらまっすぐ裁判長を見るよう言ってあったが、増山はうなだれたままだった。額にびっしり汗の粒。裁判員には罪を認めているように見えているかもしれない。

「被告人、氏名は?」能城が高圧的に訊(き)く。

 増山はうつむいたまま答えた。能城は続けて本籍、住居と職業を訊(たず)ねた。勤務していた新聞販売店は解雇されたので職業は無職だ。証言台に備えつけられたマイクがかすれ気味の声を拾った。

「席に着いて」

 能城に言われ、増山がそのままベンチに腰を落とす。

「検察官、起訴状の朗読を」

「はい」世良が立ち上がり、捜査担当検事の岩切(いわきり)が作成した起訴状を読み上げた。「『公訴事実──被告人は、第1 令和△年9月14日午後9時から午後10時頃、東京都足立区梅田×丁目・荒川河川敷において、浅見萌愛(当時14歳)に対し、殺意を持って両手で頸部(けいぶ)を圧迫し、よって、同人を気道閉鎖に基づく窒息により死亡させて殺害し、第2 前記のとおり殺害した同人の遺体を同所に遺棄し、第3 令和×年2月20日午後8時から9時頃、東京都足立区梅田×丁目・荒川河川敷において、綿貫絵里香(当時14歳)を強いて姦淫(かんいん)したのち、同所において同人に対し、殺意を持って、果物ナイフ(刃体の長さ約13センチメートル)でその右前腹部を3回突き刺し、よって、同人を右前腹部刺創に基づく失血により死亡させて殺害し、第4 前記のとおり殺害した同人の遺体を同所に遺棄したものである。罪名及び罰条──第1 殺人 刑法199条、第2 死体遺棄 刑法190条、第3 殺人 刑法199条、第4 死体遺棄 刑法190条』」

 世良が着席する。能城が増山に向かって言う。

「被告人には、答えたくない質問に答えなくてよい黙秘権がある。今検察官が読み上げた起訴状について意見を述べなさい」

「はい」増山は立ち上がった。法壇を見上げようとしたが、できなかった。「お、お、俺──私は、そ、そのようなことは、していません」

(つづく)
連載第161回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

岡崎琢磨さん『Butterfly World 最後の六日間』
今月のイチオシ本【エンタメ小説】