◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第161回

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第10章──審理 07
裁判の冒頭手続で無罪を主張した増山。検察側の冒頭陳述が始まった。

「漂白」目次


 志鶴が助言し、練習したとおりの回答だ。傍聴席のマスコミに動きがあった。メモを走らせている。

「していないというのは、どの罪状について? まず第一の事件の殺人、これについて否認するのかね」

 公判期日の冒頭手続での被告人陳述で被告人に詳しく罪状の認否を迫ることは本来認められない。もし能城がそうしたら答えなくていい──増山にはそう指示してあった。増山は答えようとして口ごもり、志鶴に目を向けてきた。志鶴は「裁判長」と呼ばわって起立した。

 能城がこちらに顔を向ける。

 裁判員の前でのっけから反抗的に見えるようなことはしたくないが、やむを得ない。

「刑事訴訟法291条4項から明らかなように、被告人の陳述は義務ではなく権利です」穏やかに指摘する。「増山さんの陳述は、以上です」

 能城は数秒沈黙し、「座りなさい」と増山に命じた。

「弁護人、起訴状に対する意見は?」

「弁護人の意見を申し上げます。増山淳彦さんは、ご自身が今おっしゃったとおり、起訴状に書かれているようなことはしていません。増山さんは、浅見萌愛さんの殺害・死体遺棄にも綿貫絵里香さんの殺害・死体遺棄にも、まったく関与していません。本件は極めて重大な冤罪事件です。増山さんは無罪です」

「ひどい……」浅見がつぶやく。

「何考えてんだ!」永江が怒鳴った。

 能城は二人を無視した。「以上か」

「以上です」志鶴は着席した。

 能城が増山を志鶴の隣に帰らせた。刑事裁判において形骸化している冒頭手続と呼ばれる部分が終わった。白いカバーがかかった傍聴席から何人もが席を立ち、ドアから出て行った。増山の無罪主張の速報を打つためだろう。 

「検察官、冒頭陳述を」

 世良が立ち上がった。

「被告人に対する二件の殺人及び死体遺棄事件につき、検察官が証拠により証明しようとする事実は以下のとおりです。被告人増山淳彦は、小学生や中学生の女子を性的に見るジュニアアイドルのDVD鑑賞を好む、いわゆるロリコン趣味の持ち主で、その性的嗜好(しこう)が高じた結果、当時どちらも中学二年生だった二人の被害者を殺害するに至りました──」

 洟をすする音。浅見だ。

「浅見萌愛さんが被害者となった第一の事件で、被告人が犯行に至った経緯について次の六点が挙げられます。一点目に、被告人がジュニアアイドルの愛好者であることを示します。二点目に、犯行があった前日及び前々日、被告人がパソコンを使ってネット上で中学生の女子との性交渉、とくにレイプに関心を持って検索していたことを示します。三点目、犯行が起きた日、被告人が、被害者と同じコンビニにいたことで被害者を尾行していたことを示します──」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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