◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第162回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第162回
第10章──審理 08
法壇の斜め前に立った志鶴は冒頭陳述を始める。無罪を勝ち獲るために──。

「漂白」目次


 リモコンを操作して、プレゼンテーションソフトのスライドの一枚目を画面に呼び出し、傍聴席向けのディスプレイで確認した。大きな太文字でこう書かれている。

 
真犯人は、街にいる
 

「この事件には増山さんではない真犯人が存在します。その人物は男性で、増山さんに自らが犯した犯罪の濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せ、自分は今も自由の身で街を闊歩(かっぽ)しています。皆さんは今疑問に思われたはずです──そんなことが起こり得るのか? もしそれが事実なら、なぜそんなことが起きたのか? と。順を追って説明します。この真犯人を以下Xと呼ぶことにします。二年前の九月、Xは浅見萌愛さんを手にかけ、荒川河川敷に彼女のご遺体を遺棄しました。この際、警察に逮捕されないよう、注意深く証拠隠滅を図っています──」

 Xがどうやって萌愛と知り合ったのか、殺害に至るまで二人の間でどんな経緯があったのか、萌愛の親友だった後藤みくるを通じて志鶴は知っている。「トキオ」と自称していたことも。が、その話はできない。証拠を提示できないからだ。萌愛とXらしき男が一緒にいるのを目撃した人物もいる。だが、裁判長の能城が証人の喚問を却下したのでそれも話せない。

「この事件がすべての始まりでした。警察は膨大な捜査員を投入して大々的に捜査を行いましたが、三ヵ月、四ヵ月と時間が過ぎても犯人を逮捕できませんでした。そして──運命の日が訪れます。去年の二月十一日・日曜日。星栄中学校のグラウンドで、二人目の被害者である綿貫絵里香さんが出場したソフトボールの試合が行われた日です。真犯人Xはグラウンドの外に車を停(と)め、車内からこの試合を観戦していました。車の車種もわかっています。トミタ社製の白いネオエース。カスタムパーツが取りつけられています」

 スライドの二枚目を呼び出す。

 
真犯人X=トミタの白いネオエースの男
 

「しばらくするとネオエースの後ろにスクーターが停まり、降りた男性がスクーターを押し歩いて車の前に出るのに気づきました。窓ごしに目が合うと、Xは男性に向かって顔を歪めて威嚇しました。男性はスクーターをXの車の前に停め、ヘルメットを外してXと同じようにソフトボールの試合の観戦を始めました。観戦しながら男性は煙草を二本喫(す)い、吸い殻を足下に捨てました。これを見たXはとんでもない計画を思いつきます。男性がまたスクーターに乗って現場を去るのを待って、男性が捨てた二本の煙草の吸い殻を、自分の指紋がつかぬよう気をつけて拾うと、またネオエースに乗り込んで星栄中学校を離れたのです。Xが拾った吸い殻を捨てた男性は、増山さんでした」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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