◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第163回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第163回
第10章──審理 09
ストーリーを語れ。検察側の主張を凌駕し上書きする、力強いストーリーを!

「漂白」目次


「当時事件についての報道をご覧になっていた方は、おかしいとは思わなかったでしょうか? 犯人がお二人のご遺体に漂白剤を撒(ま)いたのは、自分のDNAを破壊して警察がDNA鑑定をできなくするのが狙いだと考えられます。にもかかわらず、綿貫さんのご遺体のすぐそばに、警察が容易にDNAを鑑定できる吸い殻が──それも一本ならまだしも二本もです──残されていたのは矛盾するではないかと。漂白剤で入念に自分のDNAの痕跡を消そうとした用心深い犯人が、現場に自分のDNAが含まれる吸い殻だけを二本も残すのは不自然極まりないではないかと。納得のいく説明は一つしかありません。真犯人が、増山さんに罪を着せるためわざと置いたのです」

 
現場に残された2本の吸い殻=真犯人Xによる、警察をだます罠(偽装工作)
 

「一件目の事件から約五か月もの間、警察は犯人を見つけられずにいた。それでも真犯人Xは安心できなかった。被害者である浅見さんとの間に何らかの接点があったのかもしれません。たとえばLINEとか。弁護人である私は浅見さんのLINEの通信履歴について検察官に請求し、LINEにも直接請求しましたが入手できませんでした。Xには警察の手がいずれ自分に及ぶのではないかという不安がつきまとっていた。増山さんが煙草の吸い殻を捨てるのを見た瞬間、その不安から自由になる計画を思いついた。偽の証拠で警察を罠(わな)にかけ、増山さんを犯人と思わせることです。綿貫さんを手にかけた二件目の事件は計画的なものだった。増山さんが観戦した試合に出場した選手から綿貫さんに目をつけた。実行まで九日という時間が空いたのは、その間綿貫さんをこっそり観察・尾行して生活や行動のパターンを調べていたからです。そして二月二十日──部活を終え自転車で下校した綿貫さんが一人になるのを待ち、自転車ごとネオエースに拉致して荒川河川敷の現場で綿貫さんを手にかけた。計画的だったので今回は素手ではなく凶器を用いて。綿貫さんを殺害したのは、自らの欲望を満たすためと、増山さんに二件の殺人の罪を着せ、警察の捜査の手が自分に及ばないようにするためでした」

 
真犯人Xの目的

綿貫さんを殺害した現場に増山さんの煙草の吸い殻を残すことにより、
増山さんに二件の殺人・死体遺棄の罪を着せること
 

 被害者遺族から罵声が飛んできても動じぬよう覚悟は決めていた。が、ここまで邪魔は入らなかった。もちろん気は緩めない。

「ここで増山さんの話をします。増山さんには十七年前、星栄中学校に侵入して逮捕された過去があります」裁判員たちの目が増山に集まった。「罪が軽いとして不起訴になりましたが、不法侵入したのは事実です。なぜそんなことをしたのか? 中学生の女子に性的な興味があり、制服を盗もうとしたのです。増山さんは中学の頃学校でひどいいじめに遭い、不登校になった経験があります。これが原因で人づきあいが苦手になり、女性との交際経験はありません。ジュニアアイドルのDVDを集め、少女に性的な興味を抱いていたのは事実です。DVDを観ながらマスターベーションをして性欲を解消したり、インターネットで女子中学生がレイプされる漫画を検索し、そうした空想をしながら自慰にふけったこともあります──」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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