◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第164回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第164回
第10章──審理 10
裁判員の反応をうかがいスライドを駆使しながら、志鶴の陳述はつづく。

「漂白」目次


 
「警察官/検察官が噓をつくなんてあり得ない」?

「警察官/検察官の立場だからこそ、法廷で噓をつく理由がある」?
 

「さて、綿貫さんのご遺体が発見されたあと、警察はどうしていたでしょうか? まず現場で発見された吸い殻からDNAを採取し、鑑定しました。ご遺体には浅見さんのときと同様、真犯人が自身の痕跡を消すため漂白剤が撒かれていたにもかかわらず、警察はこの偽の証拠に飛びついてしまいました。もう一つ。星栄中に関する過去の記録を調べていたところ、十六年前に盗難目的で不法侵入した人物の名前が挙がった。増山さんです。さらに、関係者から入手したソフトボールの試合映像に、外から試合を観戦する中年男性が映っていることを知った。増山さんを内偵したところ、映像に映っていた人物とぴたりと一致する」

 裁判員がついてこられるよう、スピードを緩める。

「浅見さんの事件から五ヵ月以上経っても犯人を逮捕できず、手をこまねくうち二人目の被害者を出してしまった警察は世間からの非難をおそれ、一刻も早く事件を解決しようと焦っていました。『こいつが怪しい──!』増山さんに目星をつけたのは当然でしょう。まさに真犯人Xの思惑どおり、いや、それ以上でした。過去星栄中に侵入したという事実が、警察がXの思惑どおり間違った方向へとさらに突き進む後押しをしたのです。綿貫さんのご遺体発見から十九日後、増山さんの家を足立南署の刑事たちが訪れ、増山さんに任意での事情聴取を求めました。増山さんは拒絶したでしょうか? いえ、快く応じて彼らの車に乗りました。増山さんは不安だったでしょうか? いえ、何も心配していませんでした。後ろめたいことなどなかったからです」

 裁判員たちが増山を見る。

「残念ながら増山さんは、警察というもののおそろしさを知りませんでした。優秀であるがゆえ、ひとたび犯人だと疑った相手に対して彼らがどんなひどいことをするのか知りませんでした。捜査員たちと一緒にバンに乗り込んだ瞬間から、増山さんは、冤罪という地獄へ一直線のベルトコンベアにそうと知らず乗ってしまっていたのです。警察と検察が一緒になって走らせる地獄行きベルトコンベアを動かす一番強力なエンジン──それは、自白強要です」

 
自白強要

警察官/検察官が、被疑者に、やってもいない犯罪をやったと認めるよう強要すること
 

「初日の事情聴取で、刑事たちはまだその本性を隠していました。ここでの目的は増山さんからDNAを採取することだったからです。DNAの採取に応じることは義務ではありません。刑事たちに要求されたとき、増山さんは拒否したでしょうか? いえ、快く応じました。事情聴取が終わり、増山さんは自宅に帰ります。警察でのDNA鑑定の結果、綿貫さんのご遺体発見現場で見つかった煙草の吸い殻から検出されたDNAと、増山さんのDNAがほぼ一致しました。十六年前の事件、ソフトボールの試合映像、そして現場で見つかった吸い殻のDNA。犯人逮捕に焦る警察は、たったこれだけの符合で増山さんを綿貫さんを殺した犯人だと思い込んでしまいます。警察も知らぬ間に乗せられていたのです──真犯人Xが敷いたジェットコースターのレールの上に」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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