◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第164回

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第10章──審理 10
裁判員の反応をうかがいスライドを駆使しながら、志鶴の陳述はつづく。

 この部分をまとめたスライドを示す。

「そして二日目の事情聴取が始まります。昨日と同じように刑事たちが乗る車が増山さんを迎えに来ます。悪いことなどしていない増山さんは、自分が犯人と思われているなどとは夢にも思わず、予約し忘れた番組の録画予約をお母さんに頼んで車に乗り込みます。このとき、刑事たちの様子が昨日と違うことに初めて気がつきます。取調室に入り、昨日はずっと開けっ放しだったドアを閉めたとたん、彼らは豹変します。密室の中でまず最初に牙を剝(む)いて増山さんに襲いかかったのは、足立南署刑事課強行犯係係長の柳井貞一(やないていいち)警部補でした」

 取調室で刑事同士は名前を呼び合わない。だが誰かが一度「係長」と呼ぶのを増山が聞き、そう認識していた人物だ。

 
二日目の事情聴取での自白強要①

柳井警部補による増山さんへの執拗(しつよう)な暴言・恫喝・暴行
 

「昨日はさんづけだったのに、いきなり『増山あ──!』と声を荒らげ、『お前、もう金輪際逃がさねえからな』『死ぬほど後悔させてやる』と恫喝してきました。増山さんに、生前の綿貫さんを知らなかったか何度も何度も執拗に訊ね、増山さんが否定すると『正直に話さなかったら地獄に落ちるぞ』『お前はもう終わりなんだよ』といった暴言を浴びせました。その後も増山さんに『ロリコンの変態野郎』『チンカス豚野郎』などの暴言を浴びせ、机を手で叩(たた)いたり、増山さんが座るパイプ椅子の脚を蹴ったりしました──」

 裁判員の何人かが顔をしかめて志鶴と増山を見比べ、男性の一人が歪んだ笑みを浮かべた。にわかには信じがたいはず。だからこそここで絶対に印象づけねばならない。

「柳井警部補は、綿貫さんのことを知らなかったと答える増山さんに、もしそれが噓だったら、事件に関係ないという証言も噓になるという理屈を押しつけたうえで、増山さんが映っている星栄中学校でのソフトボール部の試合映像を確認させました。このとき増山さんは、ソフトボール部の試合を観戦していた事実を警察に伏せていました。怖かったからです。黙っていればわからないのではないかという期待もありました。正直に認めなかった増山さんは間違っていたでしょう。刑事たちはそれを盾にいっそう激しく増山さんを責め立て、綿貫さんの殺害を認めさせようとします。想像してみてください。逃げ場のない密室の椅子に座らされ、自分が本当にやっていないことをやっていないと正直に訴えても絶対に聞き入れず、自分を犯人と決めつける男性の刑事たちに何時間もやったと認めろと怒鳴り続けられることを。それこそ二日目の事情聴取で増山さんが経験したことです」

 スライドを切り替える。

 
二日目の事情聴取での自白強要②

灰原巡査長による「作文調書」
=話してもいない内容を刑事が勝手に供述調書に作文する
 

「増山さんが疲れ切って混乱し、正常な判断力を失いつつあるのを見て取った刑事たちは、次の手を打ってきます。作文調書です。事情聴取で話した内容を刑事が文章で記録したものを供述調書と言います。日本の警察はこれを供述者の一人称を使って『私は〇〇しました』というようにノートパソコンのワープロソフトで記述していきます。この日供述調書を担当していたのは、足立南署刑事課強行犯係の灰原弘道(はいばらひろみち)巡査長です」

(つづく)
連載第165回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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